三四郎

夏目漱石




       九

 与次郎が勧めるので、三四郎はとうとう精養軒の会へ出た。その時三四郎は黒い紬(つむぎ)の羽織を着た。この羽織は、三輪田のお光さんのおっかさんが織ってくれたのを、紋付(もんつき)に染めて、お光さんが縫い上げたものだと、母の手紙に長い説明がある。小包みが届いた時、いちおう着てみて、おもしろくないから、戸棚(とだな)へ入れておいた。それを与次郎が、もったいないからぜひ着ろ着ろと言う。三四郎が着なければ、自分が持っていって着そうな勢いであったから、つい着る気になった。着てみると悪くはないようだ。
 三四郎はこのいでたちで、与次郎と二人(ふたり)で精養軒の玄関に立っていた。与次郎の説によると、お客はこうして迎えべきものだそうだ。三四郎はそんなこととは知らなかった。第一自分がお客のつもりでいた。こうなると、紬の羽織ではなんだか安っぽい受け付けの気がする。制服を着てくればよかったと思った。そのうち会員がだんだん来る。与次郎は来る人をつらまえてきっとなんとか話をする。ことごとく旧知のようにあしらっている。お客が帽子と外套(がいとう)を給仕に渡して、広い梯子段(はしごだん)の横を、暗い廊下の方へ折れると、三四郎に向かって、今のは誰某(だれそれがし)だと教えてくれる。三四郎はおかげで知名な人の顔をだいぶ覚えた。
 そのうちお客はほぼ集まった。約三十人足らずである。広田先生もいる。野々宮さんもいる。――これは理学者だけれども、絵や文学が好きだからというので、原口さんが、むりに引っ張り出したのだそうだ。原口さんはむろんいる。いちばんさきへ来て、世話を焼いたり、愛嬌(あいきょう)を振りまいたり、フランス式の髯(ひげ)をつまんでみたり、万事忙しそうである。
 やがて着席となった。めいめいかってな所へすわる。譲る者もなければ、争う者もない。そのうちでも広田先生はのろいにも似合わずいちばんに腰をおろしてしまった。ただ与次郎と三四郎だけがいっしょになって、入口に近く座を占めた。その他はことごとく偶然の向かい合わせ、隣同志であった。
 野々宮さんと広田先生のあいだに縞(しま)の羽織を着た批評家がすわった。向こうには庄司(しょうじ)という博士が座に着いた。これは与次郎のいわゆる文科で有力な教授である。フロックを着た品格のある男であった。髪を普通の倍以上長くしている。それが電燈の光で、黒く渦(うず)をまいて見える。広田先生の坊主頭(ぼうずあたま)と比べるとだいぶ相違がある。原口さんはだいぶ離れて席を取った。あちらの角(かど)だから、遠く三四郎と真向かいになる。折襟(おりえり)に、幅の広い黒襦子(くろじゅす)を結んださきがぱっと開いて胸いっぱいになっている。与次郎が、フランスの画工(アーチスト)は、みんなああいう襟飾りを着けるものだと教えてくれた。三四郎は肉汁(ソップ)を吸いながら、まるで兵児帯(へこおび)の結び目のようだと考えた。そのうち談話がだんだん始まった。与次郎はビールを飲む。いつものように口をきかない。さすがの男もきょうは少々謹(つつし)んでいるとみえる。三四郎が、小さな声で、
 「ちと、ダーターファブラをやらないか」と言うと、「きょうはいけない」と答えたが、すぐ横を向いて、隣の男と話を始めた。あなたの、あの論文を拝見して、大いに利益を得ましたとかなんとか礼を述べている。ところがその論文は、彼が自分の前で、さかんに罵倒(ばとう)したものだから、三四郎にはすこぶる不思議の思いがある。与次郎はまたこっちを向いた。
 「その羽織はなかなかりっぱだ。よく似合う」と白い紋をことさら注意してながめている。その時向こうの端(はじ)から、原口さんが、野々宮に話しかけた。元来が大きな声の人だから、遠くで応対するにはつごうがいい。今まで向かい合わせに言葉をかわしていた広田先生と庄司という教授は、二人の応答を途中でさえぎることを恐れて、談話をやめた。その他の人もみんな黙った。会の中心点がはじめてできあがった。
 「野々宮さん光線の圧力の試験はもう済みましたか」
 「いや、まだなかなかだ」
 「ずいぶん手数(てすう)がかかるもんだね。我々の職業も根気仕事だが、君のほうはもっと激しいようだ」
 「絵はインスピレーションですぐかけるからいいが、物理の実験はそううまくはいかない」
 「インスピレーションには辟易(へきえき)する。この夏ある所を通ったらばあさんが二人で問答をしていた。聞いてみると梅雨(つゆ)はもう明けたんだろうか、どうだろうかという研究なんだが、一人(ひとり)のばあさんが、昔は雷さえ鳴れば梅雨は明けるにきまっていたが、近ごろじゃそうはいかないとこぼしている。すると一人がどうしてどうして、雷ぐらいで明けることじゃありゃしないと憤慨していた。――絵もそのとおり、今の絵はインスピレーションぐらいでかけることじゃありゃしない。ねえ田村(たむら)さん、小説だって、そうだろう」
 隣に田村という小説家がすわっていた。この男は自分のインスピレーションは原稿の催促以外になんにもないと答えたので、大笑いになった。田村は、それから改まって、野々宮さんに、光線に圧力があるものか、あれば、どうして試験するかと聞きだした。野々宮さんの答はおもしろかった。――
 雲母(マイカ)か何かで、十六武蔵(じゅうろくむさし)ぐらいの大きさの薄い円盤を作って、水晶(すいしょう)の糸で釣るして、真空(しんくう)のうちに置いて、この円盤の面(めん)へ弧光燈(アークとう)の光を直角にあてると、この円盤が光に圧(お)されて動く。と言うのである。
 一座は耳を傾けて聞いていた。なかにも三四郎は腹のなかで、あの福神漬(ふくじんづけ)の缶(かん)のなかに、そんな装置がしてあるのだろうと、上京のさい、望遠鏡で驚かされた昔を思い出した。
 「君、水晶の糸があるのか」と小さい声で与次郎に聞いてみた。与次郎は頭を振っている。
 「野々宮さん、水晶の糸がありますか」
 「ええ、水晶の粉(こ)をね。酸水素吹管(すいかん)の炎で溶かしておいて、両方の手で、左右へ引っ張ると細い糸ができるのです」
 三四郎は「そうですか」と言ったぎり、引っ込んだ。今度は野々宮さんの隣にいる縞の羽織の批評家が口を出した。
 「我々はそういう方面へかけると、全然無学なんですが、はじめはどうして気がついたものでしょうな」
 「理論上はマクスウェル以来予想されていたのですが、それをレベデフという人がはじめて実験で証明したのです。近ごろあの彗星(すいせい)の尾が、太陽の方へ引きつけられべきはずであるのに、出るたびにいつでも反対の方角になびくのは光の圧力で吹き飛ばされるんじゃなかろうかと思いついた人もあるくらいです」
 批評家はだいぶ感心したらしい。
 「思いつきもおもしろいが、第一大きくていいですね」と言った。
 「大きいばかりじゃない、罪がなくって愉快だ」と広田先生が言った。
 「それでその思いつきがはずれたら、なお罪がなくっていい」と原口さんが笑っている。
 「いや、どうもあたっているらしい。光線の圧力は半径の二乗に比例するが、引力のほうは半径の三乗に比例するんだから、物が小さくなればなるほど引力のほうが負けて、光線の圧力が強くなる。もし彗星の尾が非常に細かい小片(パーチクル)からできているとすれば、どうしても太陽とは反対の方へ吹き飛ばされるわけだ」
 野々宮は、ついまじめになった。すると原口が例の調子で、
 「罪がない代りに、たいへん計算がめんどうになってきた。やっぱり一利一害だ」と言った。この一言(いちごん)で、人々はもとのとおりビールの気分に復した。広田先生が、こんな事を言う。
 「どうも物理学者は自然派じゃだめのようだね」
 物理学者と自然派の二字は少なからず満場の興味を刺激した。
 「それはどういう意味ですか」と本人の野々宮さんが聞き出した。広田先生は説明しなければならなくなった。
 「だって、光線の圧力を試験するために、目だけあけて、自然を観察していたって、だめだからさ。自然の献立(こんだて)のうちに、光線の圧力という事実は印刷されていないようじゃないか。だから人工的に、水晶の糸だの、真空だの、雲母(マイカ)だのという装置をして、その圧力が物理学者の目に見えるように仕掛けるのだろう。だから自然派じゃないよ」
 「しかし浪漫派(ローマンは)でもないだろう」と原口さんがまぜ返した。
 「いや浪漫派だ」と広田先生がもったいらしく弁解した。「光線と、光線を受けるものとを、普通の自然界においては見出せないような位置関係に置くところがまったく浪漫派じゃないか」
 「しかし、いったんそういう位置関係に置いた以上は、光線固有の圧力を観察するだけだから、それからあとは自然派でしょう」と野々宮さんが言った。
 「すると、物理学者は浪漫的自然派ですね。文学のほうでいうと、イブセンのようなものじゃないか」と筋向こうの博士が比較を持ち出した。
 「さよう、イブセンの劇は野々宮君と同じくらいな装置があるが、その装置の下に働く人物は、光線のように自然の法則に従っているか疑わしい」これは縞の羽織の批評家の言葉であった。
 「そうかもしれないが、こういうことは人間の研究上記憶しておくべき事だと思う。――すなわち、ある状況のもとに置かれた人間は、反対の方向に働きうる能力と権力とを有している。ということなんだが、――ところが妙な習慣で、人間も光線も同じように器械的の法則に従って活動すると思うものだから、時々とんだ間違いができる。おこらせようと思って装置をすると、笑ったり、笑わせようともくろんでかかると、おこったり、まるで反対だ。しかしどちらにしても人間に違いない」と広田先生がまた問題を大きくしてしまった。
 「じゃ、ある状況のもとに、ある人間が、どんな所作をしてもしぜんだということになりますね」と向こうの小説家が質問した。広田先生は、すぐ、
 「ええ、ええ。どんな人間を、どう描いても世界に一人くらいはいるようじゃないですか」と答えた。「じっさい人間たる我々は、人間らしからざる行為動作を、どうしたって想像できるものじゃない。ただへたに書くから人間と思われないのじゃないですか」
 小説家はそれで黙った。今度は博士がまた口をきいた。
 「物理学者でも、ガリレオが寺院の釣りランプの一振動の時間が、振動の大小にかかわらず同じであることに気がついたり、ニュートンが林檎(りんご)が引力で落ちるのを発見したりするのは、はじめから自然派ですね」
 「そういう自然派なら、文学のほうでも結構でしょう。原口さん、絵のほうでも自然派がありますか」と野々宮さんが聞いた。
 「あるとも。恐るべきクールベエというやつがいる。verite(ヴェリテ) vraie(ヴレイ). [#「verite」の二つの「e」はアクサン(´)付き]なんでも事実でなければ承知しない。しかしそう猖獗(しょうけつ)を極めているものじゃない。ただ一派として存在を認められるだけさ。またそうでなくっちゃ困るからね。小説だって同じことだろう、ねえ君。やっぱりモローや、シャバンヌのようなのもいるはずだろうじゃないか」
 「いるはずだ」と隣の小説家が答えた。
 食後には卓上演説も何もなかった。ただ原口さんが、しきりに九段(くだん)の上の銅像の悪口(わるくち)を言っていた。あんな銅像をむやみに立てられては、東京市民が迷惑する。それより、美しい芸者の銅像でもこしらえるほうが気が利いているという説であった。与次郎は三四郎に九段の銅像は原口さんと仲の悪い人が作ったんだと教えた。
 会が済んで、外へ出るといい月であった。今夜の広田先生は庄司博士によい印象を与えたろうかと与次郎が聞いた。三四郎は与えたろうと答えた。与次郎は共同水道栓(せん)のそばに立って、この夏、夜散歩に来て、あまり暑いからここで水を浴びていたら、巡査に見つかって、擂鉢山(すりばちやま)へ駆け上がったと話した。二人は擂鉢山の上で月を見て帰った。
 帰り道に与次郎が三四郎に向かって、突然借金の言い訳をしだした。月のさえた比較的寒い晩である。三四郎はほとんど金の事などは考えていなかった。言い訳を聞くのでさえ本気ではない。どうせ返すことはあるまいと思っている。与次郎もけっして返すとは言わない。ただ返せない事情をいろいろに話す。その話し方のほうが三四郎にはよほどおもしろい。――自分の知ってるさる男が、失恋の結果、世の中がいやになって、とうとう自殺をしようと決心したが、海もいや川もいや、噴火口はなおいや、首をくくるのはもっともいやというわけで、やむをえず短銃(ピストル)を買ってきた。買ってきて、まだ目的を遂行(すいこう)しないうちに、友だちが金を借りにきた。金はないと断ったが、ぜひどうかしてくれと訴えるので、しかたなしに、大事の短銃を貸してやった。友だちはそれを質に入れて一時をしのいだ。つごうがついて、質を受け出して返しにきた時は、肝心の短銃の主はもう死ぬ気がなくなっていた。だからこの男の命は金を借りにこられたために助かったと同じ事である。
 「そういう事もあるからなあ」と与次郎が言った。三四郎にはただおかしいだけである。そのほかにはなんらの意味もない。高い月を仰いで大きな声を出して笑った。金を返されないでも愉快である。与次郎は、
 「笑っちゃいかん」と注意した。三四郎はなおおかしくなった。
 「笑わないで、よく考えてみろ。おれが金を返さなければこそ、君が美禰子さんから金を借りることができたんだろう」
 「それで?」
 「それだけでたくさんじゃないか。――君、あの女を愛しているんだろう」
 与次郎はよく知っている。三四郎はふんと言って、また高い月を見た。月のそばに白い雲が出た。
 「君、あの女には、もう返したのか」
 「いいや」
 「いつまでも借りておいてやれ」
 のん気な事を言う。三四郎はなんとも答えなかった。しかしいつまでも借りておく気はむろんなかった。じつは必要な二十円を下宿へ払って、残りの十円をそのあくる日すぐ里見の家へ届けようと思ったが、今返してはかえって、好意にそむいて、よくないと考え直して、せっかく門内に、はいられる機会を犠牲にしてまでも引き返した。その時何かの拍子(ひょうし)で、気がゆるんで、その十円をくずしてしまった。じつは今夜の会費もそのうちから出ている。自分ばかりではない。与次郎のもそのうちから出ている。あとには、ようやく二、三円残っている。三四郎はそれで冬シャツを買おうと思った。
 じつは与次郎がとうてい返しそうもないから、三四郎は思いきって、このあいだ国元(くにもと)へ三十円の不足を請求した。十分な学資を月々もらっていながら、ただ不足だからといって請求するわけにはゆかない。三四郎はあまり嘘(うそ)をついたことのない男だから、請求の理由にいたって困却した。しかたがないからただ友だちが金をなくして弱っていたから、つい気の毒になって貸してやった。その結果として、今度はこっちが弱るようになった。どうか送ってくれと書いた。
 すぐ返事を出してくれれば、もう届く時分であるのにまだ来ない。今夜あたりはことによると来ているかもしれぬくらいに考えて、下宿へ帰ってみると、はたして、母の手蹟(て)で書いた封筒がちゃんと机の上に乗っている。不思議なことに、いつも必ず書留で来るのが、きょうは三銭切手一枚で済ましてある。開いてみると、中はいつになく短かい。母としては不親切なくらい、用事だけで申し納めてしまった。依頼の金は野々宮さんの方へ送ったから、野々宮さんから受け取れというさしずにすぎない。三四郎は床を取ってねた。
 翌日もその翌日も三四郎は野々宮さんの所へ行かなかった。野々宮さんのほうでもなんともいってこなかった。そうしているうちに一週間ほどたった。しまいに野々宮さんから、下宿の下女を使いに手紙をよこした。おっかさんから頼まれものがあるから、ちょっと来てくれろとある。三四郎は講義の隙(すき)をみて、また理科大学の穴倉へ降りていった。そこで立談(たちばなし)のあいだに事を済ませようと思ったところが、そううまくはいかなかった。この夏は野々宮さんだけで専領していた部屋(へや)に髭(ひげ)のはえた人が二、三人いる。制服を着た学生も二、三人いる。それが、みんな熱心に、静粛(せいしゅく)に、頭の上の日のあたる世界をよそにして、研究をやっている。そのうちで野々宮さんはもっとも多忙に見えた。部屋の入口に顔を出した三四郎をちょっと見て、無言のまま近寄ってきた。
 「国から、金が届いたから、取りに来てくれたまえ。今ここに持っていないから。それからまだほかに話す事もある」
 三四郎ははあと答えた。今夜でもいいかと尋ねた。野々宮はすこしく考えていたが、しまいに思いきってよろしいと言った。三四郎はそれで穴倉を出た。出ながら、さすがに理学者は根気のいいものだと感心した。この夏見た福神漬(ふくじんづけ)の缶(かん)と、望遠鏡が依然としてもとのとおりの位置に備えつけてあった。
 次の講義の時間に与次郎に会ってこれこれだと話すと、与次郎はばかだと言わないばかりに三四郎をながめて、
 「だからいつまでも借りておいてやれと言ったのに。よけいな事をして年寄りには心配をかける。宗八さんにはお談義をされる。これくらい愚な事はない」とまるで自分から事が起こったとは認めていない申し分である。三四郎もこの問題に関しては、もう与次郎の責任を忘れてしまった。したがって与次郎の頭にかかってこない返事をした。
 「いつまでも借りておくのは、いやだから、家へそう言ってやったんだ」
 「君はいやでも、向こうでは喜ぶよ」
 「なぜ」
 このなぜが三四郎自身にはいくぶんか虚偽の響らしく聞こえた。しかし相手にはなんらの影響も与えなかったらしい。
 「あたりまえじゃないか。ぼくを人にしたって、同じことだ。ぼくに金が余っているとするぜ。そうすれば、その金を君から返してもらうよりも、君に貸しておくほうがいい心持ちだ。人間はね、自分が困らない程度内で、なるべく人に親切がしてみたいものだ」
 三四郎は返事をしないで、講義を筆記しはじめた。二、三行書きだすと、与次郎がまた、耳のそばへ口を持ってきた。
 「おれだって、金のある時はたびたび人に貸したことがある。しかしだれもけっして返したものがない。それだからおれはこのとおり愉快だ」
 三四郎はまさか、そうかとも言えなかった。薄笑いをしただけで、またペンを走らしはじめた。与次郎もそれからはおちついて、時間の終るまで口をきかなかった。
 ベルが鳴って、二人肩を並べて教場を出る時、与次郎が、突然聞いた。
 「あの女は君にほれているのか」
 二人のあとから続々聴講生が出てくる。三四郎はやむをえず無言のまま梯子段(はしごだん)を降りて横手の玄関から、図書館わきの空地(あきち)へ出て、はじめて与次郎を顧みた。
 「よくわからない」
 与次郎はしばらく三四郎を見ていた。
 「そういうこともある。しかしよくわかったとして、君、あの女の夫(ハスバンド)になれるか」
 三四郎はいまだかつてこの問題を考えたことがなかった。美禰子に愛せられるという事実そのものが、彼女(かのおんな)の夫(ハスバンド)たる唯一(ゆいいつ)の資格のような気がしていた。言われてみると、なるほど疑問である。三四郎は首を傾けた。
 「野々宮さんならなれる」と与次郎が言った。
 「野々宮さんと、あの人とは何か今までに関係があるのか」
 三四郎の顔は彫りつけたようにまじめであった。与次郎は一口、
 「知らん」と言った。三四郎は黙っている。
 「また野々宮さんの所へ行って、お談義を聞いてこい」と言いすてて、相手は池の方へ行きかけた。三四郎は愚劣の看板のごとく突っ立った。与次郎は五、六歩行ったが、また笑いながら帰ってきた。
 「君、いっそ、よし子さんをもらわないか」と言いながら、三四郎を引っ張って、池の方へ連れて行った。歩きながら、あれならいい、あれならいいと、二度ほど繰り返した。そのうちまたベルが鳴った。
 三四郎はその夕方野々宮さんの所へ出かけたが、時間がまだすこし早すぎるので、散歩かたがた四丁目まで来て、シャツを買いに大きな唐物屋(とうぶつや)へはいった。小僧が奥からいろいろ持ってきたのをなでてみたり、広げてみたりして、容易に買わない。わけもなく鷹揚(おうよう)にかまえていると、偶然美禰子とよし子が連れ立って香水を買いに来た。あらと言って挨拶をしたあとで、美禰子が、
 「せんだってはありがとう」と礼を述べた。三四郎にはこのお礼の意味が明らかにわかった。美禰子から金を借りたあくる日もう一ぺん訪問して余分をすぐに返すべきところを、ひとまず見合わせた代りに、二日(ふつか)ばかり待って、三四郎は丁寧な礼状を美禰子に送った。
 手紙の文句は、書いた人の、書いた当時の気分をすなおに表わしたものではあるが、むろん書きすぎている。三四郎はできるだけの言葉を層々(そうそう)と排列して感謝の意を熱烈にいたした。普通の者から見ればほとんど借金の礼状とは思われないくらいに、湯気の立ったものである。しかし感謝以外には、なんにも書いてない。それだから、自然の勢い、感謝が感謝以上になったのでもある。三四郎はこの手紙をポストに入れる時、時を移さぬ美禰子の返事を予期していた。ところがせっかくの封書はただ行ったままである。それから美禰子に会う機会はきょうまでなかった。三四郎はこの微弱なる「このあいだはありがとう」という反響に対して、はっきりした返事をする勇気も出なかった。大きなシャツを両手で目のさきへ広げてながめながら、よし子がいるからああ冷淡なんだろうかと考えた。それからこのシャツもこの女の金で買うんだなと考えた。小僧はどれになさいますと催促した。
 二人の女は笑いながらそばへ来て、いっしょにシャツを見てくれた。しまいに、よし子が「これになさい」と言った。三四郎はそれにした。今度は三四郎のほうが香水の相談を受けた。いっこうわからない。ヘリオトロープと書いてある罎(びん)を持って、いいかげんに、これはどうですと言うと、美禰子が、「それにしましょう」とすぐ決めた。三四郎は気の毒なくらいであった。
 表へ出て別れようとすると、女のほうが互いにお辞儀を始めた。よし子が「じゃ行ってきてよ」と言うと、美禰子が、「お早く……」と言っている。聞いてみて、妹(いもと)が兄の下宿へ行くところだということがわかった。三四郎はまたきれいな女と二人連(ふたりづれ)で追分の方へ歩くべき宵(よい)となった。日はまだまったく落ちていない。
 三四郎はよし子といっしょに歩くよりは、よし子といっしょに野々宮の下宿で落ち合わねばならぬ機会をいささか迷惑に感じた。いっそのこと今夜は家へ帰って、また出直そうかと考えた。しかし、与次郎のいわゆるお談義を聞くには、よし子がそばにいてくれるほうが便利かもしれない。まさか人の前で、母から、こういう依頼があったと、遠慮なしの注意を与えるわけはなかろう。ことによると、ただ金を受け取るだけで済むかもわからない。――三四郎は腹の中で、ちょっとずるい決心をした。
 「ぼくも野々宮さんの所へ行くところです」
 「そう、お遊びに?」
 「いえ、すこし用があるんです。あなたは遊びですか」
 「いいえ、私も御用なの」
 両方が同じようなことを聞いて、同じような答を得た。しかし両方とも迷惑を感じている気色(けしき)がさらにない。三四郎は念のため、じゃまじゃないかと尋ねてみた。ちっともじゃまにはならないそうである。女は言葉でじゃまを否定したばかりではない。顔ではむしろなぜそんなことを質問するかと驚いている。三四郎は店先のガスの光で、女の黒い目の中に、その驚きを認めたと思った。事実としては、ただ大きく黒く見えたばかりである。
 「バイオリンを買いましたか」
 「どうして御存じ」
 三四郎は返答に窮した。女は頓着(とんじゃく)なく、すぐ、こう言った。
 「いくら兄さんにそう言っても、ただ買ってやる、買ってやると言うばかりで、ちっとも買ってくれなかったんですの」
 三四郎は腹の中で、野々宮よりも広田よりも、むしろ与次郎を非難した。
 二人は追分の通りを細い路地に折れた。折れると中に家がたくさんある。暗い道を戸(こ)ごとの軒燈が照らしている。その軒燈の一つの前にとまった。野々宮はこの奥にいる。
 三四郎の下宿とはほとんど一丁ほどの距離である。野々宮がここへ移ってから、三四郎は二、三度訪問したことがある。野々宮の部屋は広い廊下を突き当って、二段ばかりまっすぐに上がると、左手に離れた二間である。南向きによその広い庭をほとんど椽(えん)の下に控えて、昼も夜も至極静かである。この離れ座敷に立てこもった野々宮さんを見た時、なるほど家を畳んで下宿をするのも悪い思いつきではなかったと、はじめて来た時から、感心したくらい、居心地(いごこち)のいい所である。その時野々宮さんは廊下へ下りて、下から自分の部屋の軒(のき)を見上げて、ちょっと見たまえ、藁葺(わらぶき)だと言った。なるほど珍しく屋根に瓦(かわら)を置いてなかった。
 きょうは夜だから、屋根はむろん見えないが、部屋の中には電燈がついている。三四郎は電燈を見るやいなや藁葺を思い出した。そうしておかしくなった。
 「妙なお客が落ち合ったな。入口で会ったのか」と野々宮さんが妹に聞いている。妹はしからざるむねを説明している。ついでに三四郎のようなシャツを買ったらよかろうと助言(じょげん)している。それから、このあいだのバイオリンは和製で音が悪くっていけない。買うのをこれまで延期したのだから、もうすこし良いのと買いかえてくれと頼んでいる。せめて美禰子さんくらいのなら我慢すると言っている。そのほか似たりよったりの駄々(だだ)をしきりにこねている。野々宮さんはべつだんこわい顔もせず、といって、優しい言葉もかけず、ただそうかそうかと聞いている。
 三四郎はこのあいだなんにも言わずにいた。よし子は愚な事ばかり述べる。かつ少しも遠慮をしない。それがばかとも思えなければ、わがままとも受け取れない。兄との応待をそばにいて聞いていると、広い日あたりのいい畑へ出たような心持ちがする。三四郎は来たるべきお談義の事をまるで忘れてしまった。その時突然驚かされた。
 「ああ、わたし忘れていた。美禰子さんのお言伝(ことづて)があってよ」
 「そうか」
 「うれしいでしょう。うれしくなくって?」
 野々宮さんはかゆいような顔をした。そうして、三四郎の方を向いた。
 「ぼくの妹はばかですね」と言った。三四郎はしかたなしに、ただ笑っていた。
 「ばかじゃないわ。ねえ、小川さん」
 三四郎はまた笑っていた。腹の中ではもう笑うのがいやになった。
 「美禰子さんがね、兄さんに文芸協会の演芸会に連れて行ってちょうだいって」
 「里見さんといっしょに行ったらよかろう」
 「御用があるんですって」
 「お前も行くのか」
 「むろんだわ」
 野々宮さんは行くとも行かないとも答えなかった。また三四郎の方を向いて、今夜妹を呼んだのは、まじめの用があるんだのに、あんなのん気ばかり言っていて困ると話した。聞いてみると、学者だけあって、存外淡泊である。よし子に縁談の口がある。国へそう言ってやったら、両親も異存はないと返事をしてきた。それについて本人の意見をよく確かめる必要が起こったのだと言う。三四郎はただ結構ですと答えて、なるべく早く自分のほうを片づけて帰ろうとした。そこで、
 「母からあなたにごめんどうを願ったそうで」と切り出した。野々宮さんは、
 「なに、大してめんどうでもありませんがね」とすぐに机の引出しから、預かったものを出して、三四郎に渡した。
 「おっかさんが心配して、長い手紙を書いてよこしましたよ。三四郎は余儀ない事情で月々の学資を友だちに貸したと言うが、いくら友だちだって、そうむやみに金を借りるものじゃあるまいし、よし借りたって返すはずだろうって。いなかの者は正直だから、そう思うのもむりはない。それからね、三四郎が貸すにしても、あまり貸し方が大げさだ。親から月々学資を送ってもらう身分でいながら、一度に二十円の三十円のと、人に用立てるなんて、いかにも無分別だとあるんですがね――なんだかぼくに責任があるように書いてあるから困る。……」
 野々宮さんは三四郎を見て、にやにや笑っている。三四郎はまじめに、「お気の毒です」と言ったばかりである。野々宮さんは、若い者を、極(き)めつけるつもりで言ったんでないとみえて、少し調子を変えた。
 「なに、心配することはありませんよ。なんでもない事なんだから。ただおっかさんは、いなかの相場で、金の価値をつけるから、三十円がたいへん重くなるんだね。なんでも三十円あると、四人の家族が半年(はんねん)食っていけると書いてあったが、そんなものかな、君」と聞いた。よし子は大きな声を出して笑った。三四郎にもばかげているところがすこぶるおかしいんだが、母の言条(いいじょう)が、まったく事実を離れた作り話でないのだから、そこに気がついた時には、なるほど軽率な事をして悪かったと少しく後悔した。
 「そうすると、月に五円のわりだから、一人前一円二十五銭にあたる。それを三十日に割りつけると、四銭ばかりだが――いくらいなかでも少し安すぎるようだな」と野々宮さんが計算を立てた。
 「何を食べたら、そのくらいで生きていられるでしょう」とよし子がまじめに聞きだした。三四郎も後悔する暇がなくなって、自分の知っているいなか生活のありさまをいろいろ話して聞かした。そのなかには宮籠(みやごも)りという慣例もあった。三四郎の家では、年に一度ずつ村全体へ十円寄付することになっている。その時には六十戸(こ)から一人ずつ出て、その六十人が、仕事を休んで、村のお宮へ寄って、朝から晩まで、酒を飲みつづけに飲んで、ごちそうを食いつづけに食うんだという。
 「それで十円」とよし子が驚いていた。お談義はこれでどこかへいったらしい。それから少し雑談をして一段落ついた時に、野々宮さんがあらためて、こう言った。
 「なにしろ、おっかさんのほうではね。ぼくが一応事情を調べて、不都合がないと認めたら、金を渡してくれろ。そうしてめんどうでもその事情を知らせてもらいたいというんだが、金は事情もなんにも聞かないうちに、もう渡してしまったしと、――どうするかね。君たしかに佐々木に貸したんですね」
 三四郎は美禰子からもれて、よし子に伝わって、それが野々宮さんに知れているんだと判じた。しかしその金が巡り巡ってバイオリンに変形したものとは、兄妹(きょうだい)とも気がつかないから一種妙な感じがした。ただ「そうです」と答えておいた。
 「佐々木が馬券を買って、自分の金をなくしたんだってね」
 「ええ」
 よし子はまた大きな声を出して笑った。
 「じゃ、いいかげんにおっかさんの所へそう言ってあげよう。しかし今度から、そんな金はもう貸さないことにしたらいいでしょう」
 三四郎は貸さないことにするむねを答えて、挨拶をして、立ちかけると、よし子も、もう帰ろうと言い出した。
 「さっきの話をしなくっちゃ」と兄が注意した。
 「よくってよ」と妹が拒絶した。
 「よくはないよ」
 「よくってよ。知らないわ」
 兄は妹の顔を見て黙っている。妹は、またこう言った。
 「だってしかたがないじゃ、ありませんか。知りもしない人の所へ、行くか行かないかって、聞いたって。好きでもきらいでもないんだから、なんにも言いようはありゃしないわ。だから知らないわ」
 三四郎は知らないわの本意をようやく会得(えとく)した。兄妹をそのままにして急いで表へ出た。
 人の通らない軒燈ばかり明らかな路地を抜けて表へ出ると、風が吹く。北へ向き直ると、まともに顔へ当る。時を切って、自分の下宿の方から吹いてくる。その時三四郎は考えた。この風の中を、野々宮さんは、妹を送って里見まで連れていってやるだろう。
 下宿の二階へ上って、自分の部屋へはいって、すわってみると、やっぱり風の音がする。三四郎はこういう風の音を聞くたびに、運命という字を思い出す。ごうと鳴ってくるたびにすくみたくなる。自分ながらけっして強い男とは思っていない。考えると、上京以来自分の運命はたいがい与次郎のためにこしらえられている。しかも多少の程度において、和気靄然(あいぜん)たる翻弄(ほんろう)を受けるようにこしらえられている。与次郎は愛すべき悪戯者(いたずらもの)である。向後もこの愛すべき悪戯者のために、自分の運命を握られていそうに思う。風がしきりに吹く。たしかに与次郎以上の風である。
 三四郎は母から来た三十円を枕元(まくらもと)へ置いて寝た。この三十円も運命の翻弄が生んだものである。この三十円がこれからさきどんな働きをするか、まるでわからない。自分はこれを美禰子に返しに行く。美禰子がこれを受け取る時に、また一煽(ひとあお)り来るにきまっている。三四郎はなるべく大きく来ればいいと思った。
 三四郎はそれなり寝ついた。運命も与次郎も手を下しようのないくらいすこやかな眠りに入った。すると半鐘の音で目がさめた。どこかで人声がする。東京の火事はこれで二へん目である。三四郎は寝巻の上へ羽織を引っかけて、窓をあけた。風はだいぶ落ちている。向こうの二階屋が風の鳴る中に、まっ黒に見える。家が黒いほど、家のうしろの空は赤かった。
 三四郎は寒いのを我慢して、しばらくこの赤いものを見つめていた。その時三四郎の頭には運命がありありと赤く映った。三四郎はまた暖かい蒲団(ふとん)の中にもぐり込んだ。そうして、赤い運命の中で狂い回る多くの人の身の上を忘れた。
 夜が明ければ常の人である。制服をつけて、ノートを持って、学校へ出た。ただ三十円を懐(ふところ)にすることだけは忘れなかった。あいにく時間割のつごうが悪い。三時までぎっしり詰まっている。三時過ぎに行けば、よし子も学校から帰って来ているだろう。ことによれば里見恭助という兄も在宅(うち)かもしれない。人がいては、金を返すのが、まったくだめのような気がする。
 また与次郎が話しかけた。
 「ゆうべはお談義を聞いたか」
 「なにお談義というほどでもない」
 「そうだろう、野々宮さんは、あれで理由(わけ)のわかった人だからな」と言ってどこかへ行ってしまった。二時間後の講義の時にまた出会った。
 「広田先生のことは大丈夫うまくいきそうだ」と言う。どこまで事が運んだか聞いてみると、
 「いや心配しないでもいい。いずれゆっくり話す。先生が君がしばらく来ないと言って、聞いていたぜ。時々行くがいい。先生は一人ものだからな。我々が慰めてやらんと、いかん。今度何か買って来い」と言いっぱなして、それなり消えてしまった。すると、次の時間にまたどこからか現われた。今度はなんと思ったか、講義の最中に、突然、
 「金受け取ったりや」と電報のようなものを白紙(しらかみ)へ書いて出した。三四郎は返事を書こうと思って、教師の方を見ると、教師がちゃんとこっちを見ている。白紙を丸めて足の下へなげた。講義が終るのを待って、はじめて返事をした。
 「金は受け取った、ここにある」
 「そうかそれはよかった。返すつもりか」
 「むろん返すさ」
 「それがよかろう。はやく返すがいい」
 「きょう返そうと思う」
 「うん昼過ぎおそくならいるかもしれない」
 「どこかへ行くのか」
 「行くとも、毎日毎日絵にかかれに行く。もうよっぽどできたろう」
 「原口さんの所か」
 「うん」
 三四郎は与次郎から原口さんの宿所を聞きとった。

       一〇

 広田先生が病気だというから、三四郎が見舞いに来た。門をはいると、玄関に靴(くつ)が一足そろえてある。医者かもしれないと思った。いつものとおり勝手口へ回るとだれもいない。のそのそ上がり込んで茶の間へ来ると、座敷で話し声がする。三四郎はしばらくたたずんでいた。手にかなり大きな風呂敷包(ふろしきづつ)みをさげている。中には樽柿(たるがき)がいっぱいはいっている。今度来る時は、何か買ってこいと、与次郎の注意があったから、追分の通りで買って来た。すると座敷のうちで、突然どたりばたりという音がした。だれか組打ちを始めたらしい。三四郎は必定(ひつじょう)喧嘩(けんか)と思い込んだ。風呂敷包みをさげたまま、仕切りの唐紙(からかみ)を鋭どく一尺ばかりあけてきっとのぞきこんだ。広田先生が茶の袴(はかま)をはいた大きな男に組み敷かれている。先生は俯伏(うつぶ)しの顔をきわどく畳から上げて、三四郎を見たが、にやりと笑いながら、
 「やあ、おいで」と言った。上の男はちょっと振り返ったままである。
 「先生、失礼ですが、起きてごらんなさい」と言う。なんでも先生の手を逆に取って、肘(ひじ)の関節(つがい)を表から、膝頭(ひざがしら)で押さえているらしい。先生は下から、とうてい起きられないむねを答えた。上の男は、それで、手を離して、膝を立てて、袴の襞(ひだ)を正しく、いずまいを直した。見ればりっぱな男である。先生もすぐ起き直った。
 「なるほど」と言っている。
 「あの流でいくと、むりに逆らったら、腕を折る恐れがあるから、危険です」
 三四郎はこの問答で、はじめて、この両人の今何をしていたかを悟った。
 「御病気だそうですが、もうよろしいんですか」
 「ええ、もうよろしい」
 三四郎は風呂敷包みを解いて、中にあるものを、二人の間に広げた。
 「柿を買って来ました」
 広田先生は書斎へ行って、ナイフを取って来る。三四郎は台所から包丁(ほうちょう)を持って来た。三人で柿を食いだした。食いながら、先生と知らぬ男はしきりに地方の中学の話を始めた。生活難の事、紛擾(ふんじょう)の事、一つ所に長くとまっていられぬ事、学科以外に柔術の教師をした事、ある教師は、下駄(げた)の台を買って、鼻緒(はなお)は古いのを、すげかえて、用いられるだけ用いるぐらいにしている事、今度辞職した以上は、容易に口が見つかりそうもない事、やむをえず、それまで妻を国元へ預けた事――なかなか尽きそうもない。
 三四郎は柿の核(たね)を吐き出しながら、この男の顔を見ていて、情けなくなった。今の自分と、この男と比較してみると、まるで人種が違うような気がする。この男の言葉のうちには、もう一ぺん学生生活がしてみたい。学生生活ほど気楽なものはないという文句が何度も繰り返された。三四郎はこの文句を聞くたびに、自分の寿命もわずか二、三年のあいだなのかしらんと、ぼんやり考えはじめた。与次郎と蕎麦(そば)などを食う時のように、気がさえない。
 広田先生はまた立って書斎に入った。帰った時は、手に一巻の書物を持っていた。表紙が赤黒くって、切り口の埃(ほこり)でよごれたものである。
 「これがこのあいだ話したハイドリオタフヒア。退屈なら見ていたまえ」
 三四郎は礼を述べて書物を受け取った。
 「寂寞(じゃくまく)の罌粟花(けし)を散らすやしきりなり。人の記念に対しては、永劫(えいごう)に価するといなとを問うことなし」という句が目についた。先生は安心して柔術の学士と談話をつづける。――中学教師などの生活状態を聞いてみると、みな気の毒なものばかりのようだが、真に気の毒と思うのは当人だけである。なぜというと、現代人は事実を好むが、事実に伴なう情操は切り捨てる習慣である。切り捨てなければならないほど世間が切迫しているのだからしかたがない。その証拠には新聞を見るとわかる。新聞の社会記事は十の九まで悲劇である。けれども我々はこの悲劇を悲劇として味わう余裕がない。ただ事実の報道として読むだけである。自分の取る新聞などは、死人何十人と題して、一日に変死した人間の年齢、戸籍、死因を六号活字で一行ずつに書くことがある。簡潔明瞭の極である。また泥棒早見(どろぼうはやみ)という欄があって、どこへどんな泥棒がはいったか、一目にわかるように泥棒がかたまっている。これも至極便利である。すべてが、この調子と思わなくっちゃいけない。辞職もそのとおり。当人には悲劇に近いでき事かもしれないが、他人にはそれほど痛切な感じを与えないと覚悟しなければなるまい。そのつもりで運動したらよかろう。
 「だって先生くらい余裕があるなら、少しは痛切に感じてもよさそうなものだが」と柔術の男がまじめな顔をして言った。この時は広田先生も三四郎も、そう言った当人も一度に笑った。この男がなかなか帰りそうもないので三四郎は、書物を借りて、勝手から表へ出た。
 「朽(く)ちざる墓に眠り、伝わる事に生き、知らるる名に残り、しからずば滄桑(そうそう)の変に任せて、後(のち)の世に存せんと思う事、昔より人の願いなり。この願いのかなえるとき、人は天国にあり。されども真(まこと)なる信仰の教法よりみれば、この願いもこの満足も無きがごとくにはかなきものなり。生きるとは、再(ふたたび)の我に帰るの意にして、再の我に帰るとは、願いにもあらず、望みにもあらず、気高き信者の見たるあからさまなる事実なれば、聖徒イノセントの墓地に横たわるは、なおエジプトの砂中にうずまるがごとし。常住の我身を観じ喜べば、六尺の狭きもアドリエーナスの大廟(たいびょう)と異なる所あらず。成るがままに成るとのみ覚悟せよ」
 これはハイドリオタフヒアの末節である。三四郎はぶらぶら白山(はくさん)の方へ歩きながら、往来の中で、この一節を読んだ。広田先生から聞くところによると、この著者は有名な名文家で、この一編は名文家の書いたうちの名文であるそうだ。広田先生はその話をした時に、笑いながら、もっともこれは私の説じゃないよと断わられた。なるほど三四郎にもどこが名文だかよくわからない。ただ句切りが悪くって、字づかいが異様で、言葉(ことば)の運び方が重苦しくって、まるで古いお寺を見るような心持ちがしただけである。この一節だけ読むにも道程(みちのり)にすると、三、四町もかかった。しかもはっきりとはしない。
 贏(か)ちえたところは物寂(さ)びている。奈良(なら)の大仏の鐘をついて、そのなごりの響が、東京にいる自分の耳にかすかに届いたと同じことである。三四郎はこの一節のもたらす意味よりも、その意味の上に這(は)いかかる情緒の影をうれしがった。三四郎は切実に生死の問題を考えたことのない男である。考えるには、青春の血が、あまりに暖かすぎる。目の前には眉(まゆ)を焦がすほどな大きな火が燃えている。その感じが、真の自分である。三四郎はこれから曙町(あけぼのちょう)の原口の所へ行く。
 子供の葬式が来た。羽織を着た男がたった二人ついている。小さい棺はまっ白な布で巻いてある。そのそばにきれいな風車(かざぐるま)を結(ゆ)いつけた。車がしきりに回る。車の羽弁(はね)が五色(ごしき)に塗ってある。それが一色(いっしき)になって回る。白い棺はきれいな風車を絶え間なく動かして、三四郎の横を通り越した。三四郎は美しい弔いだと思った。
 三四郎は人の文章と、人の葬式をよそから見た。もしだれか来て、ついでに美禰子をよそから見ろと注意したら、三四郎は驚いたに違いない。三四郎は美禰子をよそから見ることができないような目になっている。第一よそもよそでないもそんな区別はまるで意識していない。ただ事実として、ひとの死に対しては、美しい穏やかな味わいがあるとともに、生きている美禰子に対しては、美しい享楽(きょうらく)の底に、一種の苦悶(くもん)がある。三四郎はこの苦悶を払おうとして、まっすぐに進んで行く。進んで行けば苦悶がとれるように思う。苦悶をとるために一足わきへのくことは夢にも案じえない。これを案じえない三四郎は、現に遠くから、寂滅(じゃくめつ)の会(え)を文字の上にながめて、夭折(ようせつ)の哀れを、三尺の外に感じたのである。しかも、悲しいはずのところを、快くながめて、美しく感じたのである。
 曙町へ曲がると大きな松がある。この松を目標(めじるし)に来いと教わった。松の下へ来ると、家が違っている。向こうを見るとまた松がある。その先にも松がある。松がたくさんある。三四郎は好い所だと思った。多くの松を通り越して左へ折れると、生垣(いけがき)にきれいな門がある。はたして原口という標札が出ていた。その標札は木理(もくめ)の込んだ黒っぽい板に、緑の油で名前を派手(はで)に書いたものである。字だか模様だかわからないくらい凝っている。門から玄関まではからりとしてなんにもない。左右に芝が植えてある。
 玄関には美禰子の下駄(げた)がそろえてあった。鼻緒の二本が右左(みぎひだり)で色が違う。それでよく覚えている。今仕事中だが、よければ上がれと言う小女(こおんな)の取次ぎについて、画室へはいった。広い部屋(へや)である。細長く南北(みなみきた)にのびた床の上は、画家らしく、取り乱れている。まず一部分には絨毯(じゅうたん)が敷いてある。それが部屋の大きさに比べると、まるで釣り合いが取れないから、敷物として敷いたというよりは、色のいい、模様の雅な織物としてほうり出したように見える。離れて向こうに置いた大きな虎(とら)の皮もそのとおり、すわるための、設けの座とは受け取れない。絨毯とは不調和な位置に筋(すじ)かいに尾を長くひいている。砂を練り固めたような大きな甕(かめ)がある。その中から矢が二本出ている。鼠色(ねずみいろ)の羽根と羽根の間が金箔(きんぱく)で強く光る。そのそばに鎧(よろい)もあった。三四郎は卯(う)の花縅(はなおど)しというのだろうと思った。向こう側のすみにぱっと目を射るものがある。紫の裾模様の小袖(こそで)に金糸(きんし)の刺繍(ぬい)が見える。袖から袖へ幔幕(まんまく)の綱(つな)を通して、虫干の時のように釣るした。袖は丸くて短かい。これが元禄(げんろく)かと三四郎も気がついた。そのほかには絵がたくさんある。壁にかけたのばかりでも大小合わせるとよほどになる。額縁(がくぶち)をつけない下絵というようなものは、重ねて巻いた端(はし)が、巻きくずれて、小口(こぐち)をしだらなくあらわした。
 描かれつつある人の肖像は、この彩色(いろどり)の目を乱す間にある。描かれつつある人は、突き当りの正面に団扇(うちわ)をかざして立った。描く男は丸い背をぐるりと返して、パレットを持ったまま、三四郎に向かった。口に太いパイプをくわえている。
 「やって来たね」と言ってパイプを口から取って、小さい丸テーブルの上に置いた。マッチと灰皿(はいざら)がのっている。椅子(いす)もある。
 「かけたまえ。――あれだ」と言って、かきかけた画布(カンバス)の方を見た。長さは六尺もある。三四郎はただ、
 「なるほど大きなものですな」と言った。原口さんは、耳にも留めないふうで、
 「うん、なかなか」とひとりごとのように、髪の毛と、背景の境の所を塗りはじめた。三四郎はこの時ようやく美禰子の方を見た。すると女のかざした団扇の陰で、白い歯がかすかに光った。
 それから二、三分はまったく静かになった。部屋は暖炉(だんろ)で暖めてある。きょうは外面(そと)でも、そう寒くはない。風は死に尽した。枯れた木が音なく冬の日に包まれて立っている。三四郎は画室へ導かれた時、霞(かすみ)の中へはいったような気がした。丸テーブルに肱(ひじ)を持たして、この静かさの夜にまさる境に、はばかりなき精神(こころ)をおぼれしめた。この静かさのうちに、美禰子がいる。美禰子の影が次第にでき上がりつつある。肥(ふと)った画工の画筆(ブラッシ)だけが動く。それも目に動くだけで、耳には静かである。肥った画工も動くことがある。しかし足音はしない。
 静かなものに封じ込められた美禰子はまったく動かない。団扇をかざして立った姿そのままがすでに絵である。三四郎から見ると、原口さんは、美禰子を写しているのではない。不可思議に奥行きのある絵から、精出して、その奥行きだけを落として、普通の絵に美禰子を描き直しているのである。にもかかわらず第二の美禰子は、この静かさのうちに、次第と第一に近づいてくる。三四郎には、この二人の美禰子の間に、時計の音に触れない、静かな長い時間が含まれているように思われた。その時間が画家の意識にさえ上らないほどおとなしくたつにしたがって、第二の美禰子がようやく追いついてくる。もう少しで双方(そうほう)がぴたりと出合って一つに収まるというところで、時の流れが急に向きを換えて永久の中に注いでしまう。原口さんの画筆(ブラッシ)はそれより先には進めない。三四郎はそこまでついて行って、気がついて、ふと美禰子を見た。美禰子は依然として動かずにいる。三四郎の頭はこの静かな空気のうちで覚えず動いていた。酔った心持ちである。すると突然原口さんが笑いだした。
 「また苦しくなったようですね」
 女はなんにも言わずに、すぐ姿勢をくずして、そばに置いた安楽椅子へ落ちるようにとんと腰をおろした。その時白い歯がまた光った。そうして動く時の袖とともに三四郎を見た。その目は流星のように三四郎の眉間(みけん)を通り越していった。
 原口さんは丸テーブルのそばまで来て、三四郎に、
 「どうです」と言いながら、マッチをすってさっきのパイプに火をつけて、再び口にくわえた。大きな木の雁首(がんくび)を指でおさえて、二吹きばかり濃い煙を髭の中から出したが、やがてまた丸い背中を向けて絵に近づいた。かってなところを自由に塗っている。
 絵はむろん仕上がっていないものだろう。けれどもどこもかしこもまんべんなく絵の具が塗ってあるから、素人(しろうと)の三四郎が見ると、なかなかりっぱである。うまいかまずいかむろんわからない。技巧の批評のできない三四郎には、ただ技巧のもたらす感じだけがある。それすら、経験がないから、すこぶる正鵠(せいこう)を失しているらしい。芸術の影響に全然無頓着な人間でないとみずからを証拠立てるだけでも三四郎は風流人である。
 三四郎が見ると、この絵はいったいにぱっとしている。なんだかいちめんに粉(こ)が吹いて、光沢(つや)のない日光(ひ)にあたったように思われる。影の所でも黒くはない。むしろ薄い紫が射している。三四郎はこの絵を見て、なんとなく軽快な感じがした。浮いた調子は猪牙船(ちょきぶね)に乗った心持ちがある。それでもどこかおちついている。けんのんでない。苦(にが)ったところ、渋ったところ、毒々しいところはむろんない。三四郎は原口さんらしい絵だと思った。すると原口さんは無造作(むぞうさ)に画筆を使いながら、こんなことを言う。
 「小川さんおもしろい話がある。ぼくの知った男にね、細君がいやになって離縁を請求した者がある。ところが細君が承知をしないで、私は縁あって、この家(うち)へかたづいたものですから、たといあなたがおいやでも私はけっして出てまいりません」
 原口さんはそこでちょっと絵を離れて、画筆の結果をながめていたが、今度は、美禰子に向かって、
 「里見さん。あなたが単衣(ひとえもの)を着てくれないものだから、着物がかきにくくって困る。まるでいいかげんにやるんだから、少し大胆(だいたん)すぎますね」
 「お気の毒さま」と美禰子が言った。
 原口さんは返事もせずにまた画面へ近寄った。「それでね、細君のお尻(しり)が離縁するにはあまり重くあったものだから、友人が細君に向かって、こう言ったんだとさ。出るのがいやなら、出ないでもいい。いつまでも家にいるがいい。その代りおれのほうが出るから。――里見さんちょっと立ってみてください。団扇はどうでもいい。ただ立てば。そう。ありがとう。――細君が、私が家におっても、あなたが出ておしまいになれば、後が困るじゃありませんかと言うと、なにかまわないさ、お前はかってに入夫でもしたらよかろうと答えたんだって」
 「それから、どうなりました」と三四郎が聞いた。原口さんは、語るに足りないと思ったものか、まだあとをつけた。
 「どうもならないのさ。だから結婚は考え物だよ。離合集散、ともに自由にならない。広田先生を見たまえ、野々宮さんを見たまえ、里見恭助君を見たまえ、ついでにぼくを見たまえ。みんな結婚をしていない。女が偉くなると、こういう独身ものがたくさんできてくる。だから社会の原則は、独身ものが、できえない程度内において、女が偉くならなくっちゃだめだね」
 「でも兄は近々(きんきん)結婚いたしますよ」
 「おや、そうですか。するとあなたはどうなります」
 「存じません」
 三四郎は美禰子を見た。美禰子も三四郎を見て笑った。原口さんだけは絵に向いている。「存じません。存じません――じゃ」と画筆(ブラッシ)を動かした。
 三四郎はこの機会を利用して、丸テーブルの側を離れて、美禰子の傍へ近寄った。美禰子は椅子の背に、油気(あぶらけ)のない頭を、無造作に持たせて、疲れた人の、身繕いに心なきなげやりの姿である。あからさまに襦袢(じゅばん)の襟(えり)から咽喉首(のどくび)が出ている。椅子には脱ぎ捨てた羽織をかけた。廂髪(ひさしがみ)の上にきれいな裏が見える。
 三四郎は懐に三十円入れている。この三十円が二人の間にある、説明しにくいものを代表している。――と三四郎は信じた。返そうと思って、返さなかったのもこれがためである。思いきって、今返そうとするのもこれがためである。返すと用がなくなって、遠ざかるか、用がなくなっても、いっそう近づいて来るか、――普通の人から見ると、三四郎は少し迷信家の調子を帯びている。
 「里見さん」と言った。
 「なに」と答えた。仰向いて下から三四郎を見た。顔をもとのごとくにおちつけている。目だけは動いた。それも三四郎の真正面で穏やかにとまった。三四郎は女を多少疲れていると判じた。
 「ちょうどついでだから、ここで返しましょう」と言いながら、ボタンを一つはずして、内懐(うちぶところ)へ手を入れた。
 女はまた、
 「なに」と繰り返した。もとのとおり、刺激のない調子である。内懐へ手を入れながら、三四郎はどうしようと考えた。やがて思いきった。
 「このあいだの金です」
 「今くだすってもしかたがないわ」
 女は下から見上げたままである。手も出さない。からだも動かさない。顔も元のところにおちつけている。男は女の返事さえよくは解(げ)しかねた。その時、
 「もう少しだから、どうです」と言う声がうしろで聞こえた。見ると、原口さんがこっちを向いて立っている。画筆(ブラッシ)を指の股(また)にはさんだまま、三角に刈り込んだ髯(ひげ)の先を引っ張って笑った。美禰子は両手を椅子の肘にかけて、腰をおろしたなり、頭と背をまっすぐにのばした。三四郎は小さな声で、
 「まだよほどかかりますか」と聞いた。
 「もう一時間ばかり」と美禰子も小さな声で答えた。三四郎はまた丸テーブルに帰った。女はもう描かるべき姿勢を取った。原口さんはまたパイプをつけた。画筆はまた動きだす。背を向けながら、原口さんがこう言った。
 「小川さん。里見さんの目を見てごらん」
 三四郎は言われたとおりにした。美禰子は突然額から団扇を放して、静かな姿勢を崩した。横を向いてガラス越しに庭をながめている。
 「いけない。横を向いてしまっちゃ、いけない。今かきだしたばかりだのに」
 「なぜよけいな事をおっしゃる」と女は正面に帰った。原口さんは弁解をする。
 「ひやかしたんじゃない。小川さんに話す事があったんです」
 「何を」
 「これから話すから、まあ元のとおりの姿勢に復してください。そう。もう少し肱を前へ出して。それで小川さん、ぼくの描いた目が、実物の表情どおりできているかね」
 「どうもよくわからんですが。いったいこうやって、毎日毎日描いているのに、描かれる人の目の表情がいつも変らずにいるものでしょうか」
 「それは変るだろう。本人が変るばかりじゃない、画工(えかき)のほうの気分も毎日変るんだから、本当を言うと、肖像画が何枚でもできあがらなくっちゃならないわけだが、そうはいかない。またたった一枚でかなりまとまったものができるから不思議だ。なぜといって見たまえ……」
 原口さんはこのあいだしじゅう筆を使っている。美禰子の方も見ている。三四郎は原口さんの諸機関が一度に働くのを目撃して恐れ入った。
 「こうやって毎日描いていると、毎日の量が積もり積もって、しばらくするうちに、描いている絵に一定の気分ができてくる。だから、たといほかの気分で戸外(そと)から帰って来ても、画室へはいって、絵に向かいさえすれば、じきに一種一定の気分になれる。つまり絵の中の気分が、こっちへ乗り移るのだね。里見さんだって同じ事だ。しぜんのままにほうっておけばいろいろの刺激でいろいろの表情になるにきまっているんだが、それがじっさい絵のうえへ大した影響を及ぼさないのは、ああいう姿勢や、こういう乱雑な鼓(つづみ)だとか、鎧(よろい)だとか、虎(とら)の皮だとかいう周囲(まわり)のものが、しぜんに一種一定の表情を引き起こすようになってきて、その習慣が次第にほかの表情を圧迫するほど強くなるから、まあたいていなら、この目つきをこのままで仕上げていけばいいんだね。それに表情といったって……」
 原口さんは突然黙った。どこかむずかしいところへきたとみえる。二足(ふたあし)ばかり立ちのいて、美禰子と絵をしきりに見比べている。
 「里見さん、どうかしましたか」と聞いた。
 「いいえ」
 この答は美禰子の口から出たとは思えなかった。美禰子はそれほど静かに姿勢をくずさずにいる。
 「それに表情といったって」と原口さんがまた始めた。「画工はね、心を描くんじゃない。心が外へ見世(みせ)を出しているところを描くんだから、見世さえ手落ちなく観察すれば、身代はおのずからわかるものと、まあ、そうしておくんだね。見世でうかがえない身代は画工の担任区域以外とあきらめべきものだよ。だから我々は肉ばかり描いている。どんな肉を描いたって、霊がこもらなければ、死肉だから、絵として通用しないだけだ。そこでこの里見さんの目もね。里見さんの心を写すつもりで描いているんじゃない。ただ目として描いている。この目が気に入ったから描いている。この目の恰好(かっこう)だの、二重瞼(ふたえまぶた)の影だの、眸(ひとみ)の深さだの、なんでもぼくに見えるところだけを残りなく描いてゆく。すると偶然の結果として、一種の表情が出てくる。もし出てこなければ、ぼくの色の出しぐあいが悪かったか、恰好の取り方がまちがっていたか、どっちかになる。現にあの色あの形そのものが一種の表情なんだからしかたがない」
 原口さんは、この時また二足ばかりあとへさがって、美禰子と絵とを見比べた。
 「どうも、きょうはどうかしているね。疲れたんでしょう。疲れたら、もうよしましょう。――疲れましたか」
 「いいえ」
 原口さんはまた絵へ近寄った。
 「それで、ぼくがなぜ里見さんの目を選んだかというとね。まあ話すから聞きたまえ。西洋画の女の顔を見ると、だれのかいた美人でも、きっと大きな目をしている。おかしいくらい大きな目ばかりだ。ところが日本では観音様をはじめとして、お多福(たふく)、能の面、もっとも著しいのは浮世絵(うきよえ)にあらわれた美人、ことごとく細い。みんな象に似ている。なぜ東西で美の標準がこれほど違うかと思うと、ちょっと不思議だろう。ところがじつはなんでもない。西洋には目の大きいやつばかりいるから、大きい目のうちで、美的淘汰(とうた)が行なわれる。日本は鯨の系統ばかりだから――ピエルロチーという男は、日本人の目は、あれでどうしてあけるだろうなんてひやかしている。――そら、そういう国柄(くにがら)だから、どうしたって材料の少ない大きな目に対する審美眼が発達しようがない。そこで選択の自由のきく細い目のうちで、理想ができてしまったのが、歌麿(うたまろ)になったり、祐信(すけのぶ)になったりして珍重がられている。しかしいくら日本的でも、西洋画には、ああ細いのは盲目(めくら)をかいたようでみっともなくっていけない。といって、ラファエルの聖母(マドンナ)のようなのは、てんでありゃしないし、あったところが日本人とは言われないから、そこで里見さんを煩わすことになったのさ。里見さんもう少しですよ」
 答はなかった。美禰子はじっとしている。
 三四郎はこの画家の話をはなはだおもしろく感じた。とくに話だけ聞きに来たのならばなお幾倍の興味を添えたろうにと思った。三四郎の注意の焦点は、今、原口さんの話のうえにもない、原口さんの絵のうえにもない。むろん向こうに立っている美禰子に集まっている。三四郎は画家の話に耳を傾けながら、目だけはついに美禰子を離れなかった。彼の目に映じた女の姿勢は、自然の経過を、もっとも美しい刹那(せつな)に、捕虜(とりこ)にして動けなくしたようである。変らないところに、長い慰謝がある。しかるに原口さんが突然首をひねって、女にどうかしましたかと聞いた。その時三四郎は、少し恐ろしくなったくらいである。移りやすい美しさを、移さずにすえておく手段が、もう尽きたと画家から注意されたように聞こえたからである。
 なるほどそう思って見ると、どうかしているらしくもある。色光沢(いろつや)がよくない。目尻(めじり)にたえがたいものうさが見える。三四郎はこの活人画から受ける安慰の念を失った。同時にもしや自分がこの変化の原因ではなかろうかと考えついた。たちまち強烈な個性的の刺激が三四郎の心をおそってきた。移り行く美をはかなむという共通性の情緒(じょうしょ)はまるで影をひそめてしまった。――自分はそれほどの影響をこの女のうえに有しておる。――三四郎はこの自覚のもとにいっさいの己を意識した。けれどもその影響が自分にとって、利益か不利益かは未決の問題である。
 その時原口さんが、とうとう筆をおいて、
 「もうよそう。きょうはどうしてもだめだ」と言いだした。美禰子は持っていた団扇(うちわ)を、立ちながら床の上に落とした。椅子にかけた羽織を取って着ながら、こちらへ寄って来た。
 「きょうは疲れていますね」
 「私?」と羽織の裄(ゆき)をそろえて、紐(ひも)を結んだ。
 「いやじつはぼくも疲れた。またあした天気のいい時にやりましょう。まあお茶でも飲んでゆっくりなさい」
 夕暮れには、まだ間(ま)があった。けれども美禰子は少し用があるから帰るという。三四郎も留められたが、わざと断って、美禰子といっしょに表へ出た。日本の社会状態で、こういう機会を、随意に造ることは、三四郎にとって困難である。三四郎はなるべくこの機会を長く引き延ばして利用しようと試みた。それで比較的人の通らない、閑静な曙町を一回(ひとまわ)り散歩しようじゃないかと女をいざなってみた。ところが相手は案外にも応じなかった。一直線に生垣(いけがき)の間を横切って、大通りへ出た。三四郎は、並んで歩きながら、
 「原口さんもそう言っていたが、本当にどうかしたんですか」と聞いた。
 「私?」と美禰子がまた言った。原口さんに答えたと同じことである。三四郎が美禰子を知ってから、美禰子はかつて、長い言葉を使ったことがない。たいていの応対は一句か二句で済ましている。しかもはなはだ簡単なものにすぎない。それでいて、三四郎の耳には一種の深い響を与える。ほとんど他の人からは、聞きうることのできない色が出る。三四郎はそれに敬服した。それを不思議がった。
 「私?」と言った時、女は顔を半分ほど三四郎の方へ向けた。そうして二重瞼の切れ目から男を見た。その目には暈(かさ)がかかっているように思われた。いつになく感じがなまぬるくきた。頬の色も少し青い。
 「色が少し悪いようです」
 「そうですか」
 二人は五、六歩無言で歩いた。三四郎はどうともして、二人のあいだにかかった薄い幕のようなものを裂き破りたくなった。しかしなんといったら破れるか、まるで分別が出なかった。小説などにある甘い言葉は使いたくない。趣味のうえからいっても、社交上若い男女(なんにょ)の習慣としても、使いたくない。三四郎は事実上不可能の事を望んでいる。望んでいるばかりではない。歩きながら工夫している。
 やがて、女のほうから口をききだした。
 「きょう何か原口さんに御用がおありだったの」
 「いいえ、用事はなかったです」
 「じゃ、ただ遊びにいらしったの」
 「いいえ、遊びに行ったんじゃありません」
 「じゃ、なんでいらしったの」
 三四郎はこの瞬間を捕えた。
 「あなたに会いに行ったんです」
 三四郎はこれで言えるだけの事をことごとく言ったつもりである。すると、女はすこしも刺激に感じない、しかも、いつものごとく男を酔わせる調子で、
 「お金は、あすこじゃいただけないのよ」と言った。三四郎はがっかりした。
 二人はまた無言で五、六間来た。三四郎は突然口を開いた。
 「本当は金を返しに行ったのじゃありません」
 美禰子はしばらく返事をしなかった。やがて、静かに言った。
 「お金は私もいりません。持っていらっしゃい」
 三四郎は堪えられなくなった。急に、
 「ただ、あなたに会いたいから行ったのです」と言って、横に女の顔をのぞきこんだ。女は三四郎を見なかった。その時三四郎の耳に、女の口をもれたかすかなため息が聞こえた。
 「お金は……」
 「金なんぞ……」
 二人の会話は双方とも意味をなさないで、途中で切れた。それなりで、また小半町ほど来た。今度は女から話しかけた。
 「原口さんの絵を御覧になって、どうお思いなすって」
 答え方がいろいろあるので、三四郎は返事をせずに少しのあいだ歩いた。
 「あんまりでき方が早いのでお驚きなさりゃしなくって」
 「ええ」と言ったが、じつははじめて気がついた。考えると、原口が広田先生の所へ来て、美禰子の肖像をかく意志をもらしてから、まだ一か月ぐらいにしかならない。展覧会で直接に美禰子に依頼していたのは、それよりのちのことである。三四郎は絵の道に暗いから、あんな大きな額が、どのくらいな速度で仕上げられるものか、ほとんど想像のほかにあったが、美禰子から注意されてみると、あまり早くできすぎているように思われる。
 「いつから取りかかったんです」
 「本当に取りかかったのは、ついこのあいだですけれども、そのまえから少しずつ描いていただいていたんです」
 「そのまえって、いつごろからですか」
 「あの服装(なり)でわかるでしょう」
 三四郎は突然として、はじめて池の周囲で美禰子に会った暑い昔を思い出した。
 「そら、あなた、椎(しい)の木の下にしゃがんでいらしったじゃありませんか」
 「あなたは団扇をかざして、高い所に立っていた」
 「あの絵のとおりでしょう」
 「ええ。あのとおりです」
 二人は顔を見合わした。もう少しで白山(はくさん)の坂の上へ出る。
 向こうから車がかけて来た。黒い帽子をかぶって、金縁の眼鏡(めがね)を掛けて、遠くから見ても色光沢(つや)のいい男が乗っている。この車が三四郎の目にはいった時から、車の上の若い紳士は美禰子の方を見つめているらしく思われた。二、三間先へ来ると、車を急にとめた。前掛けを器用にはねのけて、蹴込(けこ)みから飛び降りたところを見ると、背のすらりと高い細面(ほそおもて)のりっぱな人であった。髪をきれいにすっている。それでいて、まったく男らしい。
 「今まで待っていたけれども、あんまりおそいから迎えに来た」と美禰子のまん前に立った。見おろして笑っている。
 「そう、ありがとう」と美禰子も笑って、男の顔を見返したが、その目をすぐ三四郎の方へ向けた。
 「どなた」と男が聞いた。
 「大学の小川さん」と美禰子が答えた。
 男は軽く帽子を取って、向こうから挨拶(あいさつ)をした。
 「はやく行こう。にいさんも待っている」
 いいぐあいに三四郎は追分へ曲がるべき横町の角に立っていた。金はとうとう返さずに別れた。

       一一

 このごろ与次郎が学校で文芸協会の切符を売って回っている。二、三日かかって、知った者へはほぼ売りつけた様子である。与次郎はそれから知らない者をつかまえることにした。たいていは廊下でつかまえる。するとなかなか放さない。どうかこうか、買わせてしまう。時には談判中にベルが鳴って取り逃すこともある。与次郎はこれを時利あらずと号している。時には相手が笑っていて、いつまでも要領を得ないことがある。与次郎はこれを人利あらずと号している。ある時便所から出て来た教授をつかまえた。その教授はハンケチで手をふきながら、今ちょっとと言ったまま急いで図書館へはいってしまった。それぎりけっして出て来ない。与次郎はこれを――なんとも号しなかった。後影(うしろかげ)を見送って、あれは腸カタルに違いないと三四郎に教えてくれた。
 与次郎に切符の販売方(はんばいかた)を何枚頼まれたのかと聞くと、何枚でも売れるだけ頼まれたのだと言う。あまり売れすぎて演芸場にはいりきれない恐れはないかと聞くと、少しはあると言う。それでは売ったあとで困るだろうと念をおすと、なに大丈夫(だいじょうぶ)だ、なかには義理で買う者もあるし、事故で来ないのもあるし、それから腸カタルも少しはできるだろうと言って、すましている。
 与次郎が切符を売るところを見ていると、引きかえに金を渡す者からはむろん即座に受け取るが、そうでない学生にはただ切符だけ渡している。気の小さい三四郎が見ると、心配になるくらい渡して歩く。あとから思うとおりお金が寄るかと聞いてみると、むろん寄らないという答だ。几帳面(きちょうめん)にわずか売るよりも、だらしなくたくさん売るほうが、大体のうえにおいて利益だからこうすると言っている。与次郎はこれをタイムス社が日本で百科全書を売った方法に比較している。比較だけはりっぱに聞こえたが、三四郎はなんだか心もとなく思った。そこで一応与次郎に注意した時に、与次郎の返事はおもしろかった。
 「相手は東京帝国大学学生だよ」
 「いくら学生だって、君のように金にかけるとのん気なのが多いだろう」
 「なに善意に払わないのは、文芸協会のほうでもやかましくは言わないはずだ。どうせいくら切符が売れたって、とどのつまりは協会の借金になることは明らかだから」
 三四郎は念のため、それは君の意見か、協会の意見かとただしてみた。与次郎は、むろんぼくの意見であって、協会の意見であるとつごうのいいことを答えた。
 与次郎の説を聞くと、今度は演芸会を見ない者は、まるでばかのような気がする。ばかのような気がするまで与次郎は講釈をする。それが切符を売るためだか、じっさい演芸会を信仰しているためだか、あるいはただ自分の景気をつけて、かねて相手の景気をつけ、次いでは演芸会の景気をつけて、世上一般の空気をできるだけにぎやかにするためだか、そこのところがちょっと明晰(めいせき)に区別が立たないものだから、相手はばかのような気がするにもかかわらず、あまり与次郎の感化をこうむらない。
 与次郎は第一に会員の練習に骨を折っている話をする。話どおりに聞いていると、会員の多数は、練習の結果として、当日前(ぜん)に役に立たなくなりそうだ。それから背景の話をする。その背景が大したもので、東京にいる有為の青年画家をことごとく引き上げて、ことごとく応分の技倆(ぎりょう)を振るわしたようなことになる。次に服装の話をする。その服装が頭から足の先まで故実ずくめにでき上がっている。次に脚本の話をする。それが、みんな新作で、みんなおもしろい。そのほかいくらでもある。
 与次郎は広田先生と原口さんに招待券を送ったと言っている。野々宮兄妹(きょうだい)と里見兄妹には上等の切符を買わせたと言っている。万事が好都合だと言っている。三四郎は与次郎のために演芸会万歳を唱えた。
 万歳を唱える晩、与次郎が三四郎の下宿へ来た。昼間とはうって変っている。堅くなって火鉢(ひばち)のそばへすわって寒い寒いと言う。その顔がただ寒いのではないらしい。はじめは火鉢へ乗りかかるように手をかざしていたが、やがて懐手(ふところで)になった。三四郎は与次郎の顔を陽気にするために、机の上のランプを端(はじ)から端へ移した。ところが与次郎は顎(あご)をがっくり落して、大きな坊主頭だけを黒く灯(ひ)に照らしている。いっこうさえない。どうかしたかと聞いた時に、首をあげてランプを見た。
 「この家(うち)ではまだ電気を引かないのか」と顔つきにはまったく縁のないことを聞いた。
 「まだ引かない。そのうち電気にするつもりだそうだ。ランプは暗くていかんね」と答えていると、急に、ランプのことは忘れたとみえて、
 「おい、小川、たいへんな事ができてしまった」と言いだした。
 一応理由(わけ)を聞いてみる。与次郎は懐(ふところ)から皺(しわ)だらけの新聞を出した。二枚重なっている。その一枚をはがして、新しく畳(たた)み直して、ここを読んでみろと差しつけた。読むところを指の頭で押えている。三四郎は目をランプのそばへ寄せた。見出しに大学の純文科とある。
 大学の外国文学科は従来西洋人の担当で、当事者はいっさいの授業を外国教師に依頼していたが、時勢の進歩と多数学生の希望に促されて、今度いよいよ本邦人の講義も必須(ひっす)課目として認めるに至った。そこでこのあいだじゅうから適当の人物を人選中であったが、ようやく某氏に決定して、近々(きんきん)発表になるそうだ。某氏は近き過去において、海外留学の命を受けたことのある秀才だから至極適任だろうという内容である。
 「広田先生じゃなかったんだな」と三四郎が与次郎を顧みた。与次郎はやっぱり新聞の上を見ている。
 「これはたしかなのか」と三四郎がまた聞いた。
 「どうも」と首を曲げたが、「たいてい大丈夫だろうと思っていたんだがな。やりそくなった。もっともこの男がだいぶ運動をしているという話は聞いたこともあるが」と言う。
 「しかしこれだけじゃ、まだ風説じゃないか。いよいよ発表になってみなければわからないのだから」
 「いや、それだけならむろんかまわない。先生の関係したことじゃないから、しかし」と言って、また残りの新聞を畳み直して、標題(みだし)を指の頭で押えて、三四郎の目の下へ出した。
 今度の新聞にもほぼ同様の事が載っている。そこだけはべつだんに新しい印象を起こしようもないが、そのあとへ来て、三四郎は驚かされた。広田先生がたいへんな不徳義漢のように書いてある。十年間語学の教師をして、世間には杳(よう)として聞こえない凡材のくせに、大学で本邦人の外国文学講師を入れると聞くやいなや、急にこそこそ運動を始めて、自分の評判記を学生間に流布(るふ)した。のみならずその門下生をして「偉大なる暗闇(くらやみ)」などという論文を小雑誌(こざっし)に草せしめた。この論文は零余子(れいよし)なる匿名のもとにあらわれたが、じつは広田の家に出入する文科大学生小川三四郎なるものの筆であることまでわかっている。と、とうとう三四郎の名前が出て来た。
 三四郎は妙な顔をして与次郎を見た。与次郎はまえから三四郎の顔を見ている。二人(ふたり)ともしばらく黙っていた。やがて、三四郎が、
 「困るなあ」と言った。少し与次郎を恨んでいる。与次郎は、そこはあまりかまっていない。
 「君、これをどう思う」と言う。
 「どう思うとは」
 「投書をそのまま出したに違いない。けっして社のほうで調べたものじゃない。文芸時評の六号活字の投書にこんなのが、いくらでも来る。六号活字はほとんど罪悪のかたまりだ。よくよく探ってみると嘘(うそ)が多い。目に見えた嘘をついているのもある。なぜそんな愚な事をやるかというとね、君。みんな利害問題が動機になっているらしい。それでぼくが六号活字を受持っている時には、性質(たち)のよくないのは、たいてい屑籠(くずかご)へ放り込んだ。この記事もまったくそれだね。反対運動の結果だ」
 「なぜ、君の名が出ないで、ぼくの名が出たものだろうな」
 与次郎は「そうさ」と言っている。しばらくしてから、
 「やっぱり、なんだろう。君は本科生でぼくは選科生だからだろう」と説明した。けれども三四郎には、これが説明にもなんにもならなかった。三四郎は依然として迷惑である。
 「ぜんたいぼくが零余子なんてけちな号を使わずに、堂々と佐々木与次郎と署名しておけばよかった。じっさいあの論文は佐々木与次郎以外に書ける者は一人もないんだからなあ」
 与次郎はまじめである。三四郎に「偉大なる暗闇」の著作権を奪われて、かえって迷惑しているのかもしれない。三四郎はばかばかしくなった。
 「君、先生に話したか」と聞いた。
 「さあ、そこだ。偉大なる暗闇の作者なんか、君だって、ぼくだって、どちらだってかまわないが、こと先生の人格に関係してくる以上は、話さずにはいられない。ああいう先生だから、いっこう知りません、何か間違いでしょう、偉大なる暗闇という論文は雑誌に出ましたが、匿名です、先生の崇拝者が書いたものですから御安心なさいくらいに言っておけば、そうかで、すぐ済んでしまうわけだが、このさいそうはいかん。どうしたってぼくが責任を明らかにしなくっちゃ。事がうまくいって、知らん顔をしているのは、心持ちがいいが、やりそくなって黙っているのは不愉快でたまらない。第一自分が事を起こしておいて、ああいう善良な人を迷惑な状態に陥らして、それで平気に見物がしておられるものじゃない。正邪曲直なんてむずかしい問題は別として、ただ気の毒で、いたわしくっていけない」
 三四郎ははじめて与次郎を感心な男だと思った。
 「先生は新聞を読んだんだろうか」
 「家へ来る新聞にゃない。だからぼくも知らなかった。しかし先生は学校へ行っていろいろな新聞を見るからね。よし先生が見なくってもだれか話すだろう」
 「すると、もう知ってるな」
 「むろん知ってるだろう」
 「君にはなんとも言わないか」
 「言わない。もっともろくに話をする暇もないんだから、言わないはずだが。このあいだから演芸会の事でしじゅう奔走しているものだから――ああ演芸会も、もういやになった。やめてしまおうかしらん。おしろいをつけて、芝居(しばい)なんかやったって、何がおもしろいものか」
 「先生に話したら、君、しかられるだろう」
 「しかられるだろう。しかられるのはしかたがないが、いかにも気の毒でね。よけいな事をして迷惑をかけてるんだから。――先生は道楽のない人でね。酒は飲まず、煙草は」と言いかけたが途中でやめてしまった。先生の哲学を鼻から煙にして吹き出す量は月に積もると、莫大(ばくだい)なものである。
 「煙草だけはかなりのむが、そのほかになんにもないぜ。釣りをするじゃなし、碁(ご)を打つじゃなし、家庭の楽しみがあるじゃなし。あれがいちばんいけない。子供でもあるといいんだけれども。じつに枯淡だからなあ」
 与次郎はそれで腕組をした。
 「たまに、慰めようと思って、少し奔走すると、こんなことになるし。君も先生の所へ行ってやれ」
 「行ってやるどころじゃない。ぼくにも多少責任があるから、あやまってくる」
 「君はあやまる必要はない」
 「じゃ弁解してくる」
 与次郎はそれで帰った。三四郎は床にはいってからたびたび寝返りを打った。国にいるほうが寝やすい心持ちがする。偽りの記事――広田先生――美禰子――美禰子を迎えに来て連れていったりっぱな男――いろいろの刺激がある。
 夜中(よなか)からぐっすり寝た。いつものように起きるのが、ひどくつらかった。顔を洗う所で、同じ文科の学生に会った。顔だけは互いに見知り合いである。失敬という挨拶(あいさつ)のうちに、この男は例の記事を読んでいるらしく推した。しかし先方ではむろん話頭を避けた。三四郎も弁解を試みなかった。
 暖かい汁(しる)の香(か)をかいでいる時に、また故里(ふるさと)の母からの書信に接した。また例のごとく、長かりそうだ。洋服を着換えるのがめんどうだから、着たままの上へ袴(はかま)をはいて、懐へ手紙を入れて、出る。戸外(そと)は薄い霜で光った。
 通りへ出ると、ほとんど学生ばかり歩いている。それが、みな同じ方向へ行く。ことごとく急いで行く。寒い往来は若い男の活気でいっぱいになる。そのなかに霜降(しもふ)りの外套(がいとう)を着た広田先生の長い影が見えた。この青年の隊伍(たいご)に紛れ込んだ先生は、歩調においてすでに時代錯誤(アナクロニズム)である。左右前後に比較するとすこぶる緩漫に見える。先生の影は校門のうちに隠れた。門内に大きな松がある。巨大の傘(からかさ)のように枝を広げて玄関をふさいでいる。三四郎の足が門前まで来た時は、先生の影がすでに消えて、正面に見えるものは、松と、松の上にある時計台ばかりであった。この時計台の時計は常に狂っている。もしくは留まっている。
 門内をちょっとのぞきこんだ三四郎は、口の中で「ハイドリオタフヒア」という字を二度繰り返した。この字は三四郎の覚えた外国語のうちで、もっとも長い、またもっともむずかしい言葉の一つであった。意味はまだわからない。広田先生に聞いてみるつもりでいる。かつて与次郎に尋ねたら、おそらくダーターファブラのたぐいだろうと言っていた。けれども三四郎からみると二つのあいだにはたいへんな違いがある。ダーターファブラはおどるべき性質のものと思える。ハイドリオタフヒアは覚えるのにさえ暇がいる。二へん繰り返すと歩調がおのずから緩漫になる。広田先生の使うために古人が作っておいたような音(おん)がする。
 学校へ行ったら、「偉大なる暗闇」の作者として、衆人の注意を一身に集めている気色がした。戸外(そと)へ出ようとしたが、戸外は存外寒いから廊下にいた。そうして講義のあいだに懐から母の手紙を出して読んだ。
 この冬休みには帰って来いと、まるで熊本にいた当時と同様な命令がある。じつは熊本にいた時分にこんなことがあった。学校が休みになるか、ならないのに、帰れという電報が掛かった。母の病気に違いないと思い込んで、驚いて飛んで帰ると、母のほうではこっちに変がなくって、まあ結構だったといわぬばかりに喜んでいる。訳を聞くと、いつまで待っていても帰らないから、お稲荷様(いなりさま)へ伺いを立てたら、こりゃ、もう熊本をたっているという御託宣であったので、途中でどうかしはせぬだろうかと非常に心配していたのだと言う。三四郎はその当時を思いだして、今度もまた伺いを立てられることかと思った。しかし手紙にはお稲荷様のことは書いてない。ただ三輪田のお光さんも待っていると割注(わりちゅう)みたようなものがついている。お光さんは豊津(とよつ)の女学校をやめて、家へ帰ったそうだ。またお光さんに縫ってもらった綿入れが小包で来るそうだ。大工(だいく)の角三(かくぞう)が山で賭博(ばくち)を打って九十八円取られたそうだ。――そのてんまつが詳しく書いてある。めんどうだからいいかげんに読んだ。なんでも山を買いたいという男が三人連(づれ)で入り込んで来たのを、角三が案内をして、山を回って歩いているあいだに取られてしまったのだそうだ。角三は家(うち)へ帰って、女房にいつのまに取られたかわからないと弁解した。すると、女房がそれじゃお前さん眠り薬でもかがされたんだろうと言ったら、角三が、うんそういえばなんだかかいだようだと答えたそうだ。けれども村の者はみんな賭博をして巻き上げられたと評判している。いなかでもこうだから、東京にいるお前なぞは、本当によく気をつけなくてはいけないという訓誡(くんかい)がついている。
 長い手紙を巻き収めていると、与次郎がそばへ来て、「やあ女の手紙だな」と言った。ゆうべよりは冗談をいうだけ元気がいい。三四郎は、
 「なに母からだ」と、少しつまらなそうに答えて、封筒ごと懐へ入れた。
 「里見のお嬢さんからじゃないのか」
 「いいや」
 「君、里見のお嬢さんのことを聞いたか」
 「何を」と問い返しているところへ、一人の学生が、与次郎に、演芸会の切符をほしいという人が階下(した)に待っていると教えに来てくれた。与次郎はすぐ降りて行った。
 与次郎はそれなり消えてなくなった。いくらつらまえようと思っても出て来ない。三四郎はやむをえず精出して講義を筆記していた。講義が済んでから、ゆうべの約束どおり広田先生の家へ寄る。相変らず静かである。先生は茶の間に長くなって寝ていた。ばあさんに、どうかなすったのかと聞くと、そうじゃないのでしょう、ゆうべあまりおそくなったので、眠いと言って、さっきお帰りになると、すぐに横におなりなすったのだと言う。長いからだの上に小夜着(こよぎ)が掛けてある。三四郎は小さな声で、またばあさんに、どうして、そうおそくなったのかと聞いた。なにいつでもおそいのだが、ゆうべのは勉強じゃなくって、佐々木さんと久しくお話をしておいでだったという答である。勉強が佐々木に代ったから、昼寝をする説明にはならないが、与次郎が、ゆうべ先生に例の話をした事だけはこれで明瞭になった。ついでに与次郎が、どうしかられたかを聞いておきたいのだが、それはばあさんが知ろうはずがないし、肝心(かんじん)の与次郎は学校で取り逃してしまったからしかたがない。きょうの元気のいいところをみると、大した事件にはならずに済んだのだろう。もっとも与次郎の心理現象はとうてい三四郎にはわからないのだから、じっさいどんなことがあったか想像はできない。
 三四郎は長火鉢(ながひばち)の前へすわった。鉄瓶(てつびん)がちんちん鳴っている。ばあさんは遠慮をして下女部屋(べや)へ引き取った。三四郎はあぐらをかいて、鉄瓶に手をかざして、先生の起きるのを待っている。先生は熟睡している。三四郎は静かでいい心持ちになった。爪(つめ)で鉄瓶をたたいてみた。熱い湯を茶碗(ちゃわん)についでふうふう吹いて飲んだ。先生は向こうをむいて寝ている。二、三日まえに頭を刈ったとみえて、髪がはなはだ短かい。髭のはじが濃く出ている。鼻も向こうを向いている。鼻の穴がすうすう言う。安眠だ。
 三四郎は返そうと思って、持って来たハイドリオタフヒアを出して読みはじめた。ぽつぽつ拾い読みをする。なかなかわからない。墓の中に花を投げることが書いてある。ローマ人は薔薇(ばら)をaffect(アッフェクト)すると書いてある。なんの意味だかよく知らないが、おおかた好むとでも訳するんだろうと思った。ギリシア人はAmaranth(アマランス)を用いると書いてある。これも明瞭でない。しかし花の名には違いない。それから少しさきへ行くと、まるでわからなくなった。ページから目を離して先生を見た。まだ寝ている。なんでこんなむずかしい書物を自分に貸したものだろうと思った。それから、このむずかしい書物が、なぜわからないながらも、自分の興味をひくのだろうと思った。最後に広田先生は必竟(ひっきょう)ハイドリオタフヒアだと思った。
 そうすると、広田先生がむくりと起きた。首だけ持ち上げて、三四郎を見た。
 「いつ来たの」と聞いた。三四郎はもっと寝ておいでなさいと勧めた。じっさい退屈ではなかったのである。先生は、
 「いや起きる」と言って起きた。それから例のごとく哲学の煙を吹きはじめた。煙が沈黙のあいだに、棒になって出る。
 「ありがとう。書物を返します」
 「ああ。――読んだの」
 「読んだけれどもよくわからんです。第一標題がわからんです」
 「ハイドリオタフヒア」
 「なんのことですか」
 「なんのことかぼくにもわからない。とにかくギリシア語らしいね」
 三四郎はあとを尋ねる勇気が抜けてしまった。先生はあくびを一つした。
 「ああ眠かった。いい心持ちに寝た。おもしろい夢を見てね」
 先生は女の夢だと言っている。それを話すのかと思ったら、湯に行かないかと言いだした。二人は手ぬぐいをさげて出かけた。
 湯から上がって、二人が板の間にすえてある器械の上に乗って、身長(たけ)を測ってみた。広田先生は五尺六寸ある。三四郎は四寸五分しかない。
 「まだのびるかもしれない」と広田先生が三四郎に言った。
 「もうだめです。三年来このとおりです」と三四郎が答えた。
 「そうかな」と先生が言った。自分をよっぽど子供のように考えているのだと三四郎は思った。家へ帰った時、先生が、用がなければ話していってもかまわないと、書斎の戸をあけて、自分がさきへはいった。三四郎はとにかく、例の用事を片づける義務があるから、続いてはいった。
 「佐々木は、まだ帰らないようですな」
 「きょうはおそくなるとか言って断わっていた。このあいだから演芸会のことでだいぶん奔走しているようだが、世話好きなんだか、駆け回ることが好きなんだか、いっこう要領を得ない男だ」
 「親切なんですよ」
 「目的だけは親切なところも少しあるんだが、なにしろ、頭のできがはなはだ不親切なものだから、ろくなことはしでかさない。ちょっと見ると、要領を得ている。むしろ得すぎている。けれども終局へゆくと、なんのために要領を得てきたのだか、まるでめちゃくちゃになってしまう。いくら言っても直さないからほうっておく。あれは悪戯(いたずら)をしに世の中へ生まれて来た男だね」
 三四郎はなんとか弁護の道がありそうなものだと思ったが、現に結果の悪い実例があるんだから、しようがない。話を転じた。
 「あの新聞の記事を御覧でしたか」
 「ええ、見た」
 「新聞に出るまではちっとも御存じなかったのですか」
 「いいえ」
 「お驚きなすったでしょう」
 「驚くって――それはまったく驚かないこともない。けれども世の中の事はみんな、あんなものだと思ってるから、若い人ほど正直に驚きはしない」
 「御迷惑でしょう」
 「迷惑でないこともない。けれどもぼくくらい世の中に住み古した年配の人間なら、あの記事を見て、すぐ事実だと思い込む人ばかりもないから、やっぱり若い人ほど正直に迷惑とは感じない。与次郎は社員に知った者があるから、その男に頼んで真相を書いてもらうの、あの投書の出所(でどころ)を捜して制裁を加えるの、自分の雑誌で十分反駁(はんばく)をいたしますのと、善後策の了見でくだらない事をいろいろ言うが、そんな手数(てかず)をするならば、はじめからよけいな事を起こさないほうが、いくらいいかわかりゃしない」
 「まったく先生のためを思ったからです。悪気じゃないです」
 「悪気でやられてたまるものか。第一ぼくのために運動をするものがさ、ぼくの意向も聞かないで、かってな方法を講じたりかってな方針を立てたひには、最初からぼくの存在を愚弄(ぐろう)していると同じことじゃないか。存在を無視されているほうが、どのくらい体面を保つにつごうがいいかしれやしない」
 三四郎はしかたなしに黙っていた。
 「そうして、偉大なる暗闇なんて愚にもつかないものを書いて。――新聞には君が書いたとしてあるが実際は佐々木が書いたんだってね」
 「そうです」
 「ゆうべ佐々木が自白した。君こそ迷惑だろう。あんなばかな文章は佐々木よりほかに書く者はありゃしない。ぼくも読んでみた。実質もなければ、品位もない、まるで救世軍の太鼓のようなものだ。読者の悪感情を引き起こすために、書いてるとしか思われやしない。徹頭徹尾故意だけで成り立っている。常識のある者が見れば、どうしてもためにするところがあって起稿したものだと判定がつく。あれじゃぼくが門下生に書かしたと言われるはずだ。あれを読んだ時には、なるほど新聞の記事はもっともだと思った」
 広田先生はそれで話を切った。鼻から例によって煙をはく。与次郎はこの煙の出方で、先生の気分をうかがうことができると言っている。濃くまっすぐにほとばしる時は、哲学の絶好頂に達したさいで、ゆるくくずれる時は、心気平穏、ことによるとひやかされる恐れがある。煙が、鼻の下に※徊(ていかい)して、髭(ひげ)に未練があるように見える時は、瞑想(めいそう)に入る。もしくは詩的感興がある。もっとも恐るべきは穴の先の渦(うず)である。渦が出ると、たいへんにしかられる。与次郎の言うことだから、三四郎はむろんあてにはしない。しかしこのさいだから気をつけて煙の形状(かたち)をながめていた。すると与次郎の言ったような判然たる煙はちっとも出て来ない。その代り出るものは、たいていな資格をみんなそなえている。
 三四郎がいつまでたっても、恐れ入ったように控えているので、先生はまた話しはじめた。
 「済んだ事は、もうやめよう。佐々木も昨夜ことごとくあやまってしまったから、きょうあたりはまた晴々(せいせい)して例のごとく飛んで歩いているだろう。いくら陰で不心得を責めたって、当人が平気で切符なんぞ売って歩いていてはしかたがない。それよりもっとおもしろい話をしよう」
 「ええ」
 「ぼくがさっき昼寝をしている時、おもしろい夢を見た。それはね、ぼくが生涯(しょうがい)にたった一ぺん会った女に、突然夢の中で再会したという小説じみたお話だが[#「お話だが」は底本では「お話だか」と誤記]、そのほうが、新聞の記事より聞いていても愉快だよ」
 「ええ。どんな女ですか」
 「十二、三のきれいな女だ。顔に黒子(ほくろ)がある」
 三四郎は十二、三と聞いて少し失望した。
 「いつごろお会いになったのですか」
 「二十年ばかりまえ」
 三四郎はまた驚いた。
 「よくその女ということがわかりましたね」
 「夢だよ。夢だからわかるさ。そうして夢だから不思議でいい。ぼくがなんでも大きな森の中を歩いている。あの色のさめた夏の洋服を着てね、あの古い帽子をかぶって。――そうその時はなんでも、むずかしい事を考えていた。すべて宇宙の法則は変らないが、法則に支配されるすべて宇宙のものは必ず変る。するとその法則は、物のほかに存在していなくてはならない。――さめてみるとつまらないが夢の中だからまじめにそんな事を考えて森の下を通って行くと、突然その女に会った。行き会ったのではない。向こうはじっと立っていた。見ると、昔のとおりの顔をしている。昔のとおりの服装(なり)をしている。髪も昔の髪である。黒子もむろんあった。つまり二十年まえ見た時と少しも変らない十二、三の女である。ぼくがその女に、あなたは少しも変らないというと、その女はぼくにたいへん年をお取りなすったという。次にぼくが、あなたはどうして、そう変らずにいるのかと聞くと、この顔の年、この服装の月、この髪の日がいちばん好きだから、こうしていると言う。それはいつの事かと聞くと、二十年まえ、あなたにお目にかかった時だという。それならぼくはなぜこう年を取ったんだろうと、自分で不思議がると、女が、あなたは、その時よりも、もっと美しいほうへほうへとお移りなさりたがるからだと教えてくれた。その時ぼくが女に、あなたは絵だと言うと、女がぼくに、あなたは詩だと言った」
 「それからどうしました」と三四郎が聞いた。
 「それから君が来たのさ」と言う。
 「二十年まえに会ったというのは夢じゃない、本当の事実なんですか」
 「本当の事実なんだからおもしろい」
 「どこでお会いになったんですか」
 先生の鼻はまた煙を吹き出した。その煙をながめて、当分黙っている。やがてこう言った。
 「憲法発布は明治二十二年だったね。その時森文部大臣が殺された。君は覚えていまい。いくつかな君は。そう、それじゃ、まだ赤ん坊の時分だ。ぼくは高等学校の生徒であった。大臣の葬式に参列するのだと言って、おおぜい鉄砲をかついで出た。墓地へ行くのだと思ったら、そうではない。体操の教師が竹橋内(たけばしうち)へ引っ張って行って、道ばたへ整列さした。我々はそこへ立ったなり、大臣の柩(ひつぎ)を送ることになった。名は送るのだけれども、じつは見物したのも同然だった。その日は寒い日でね、今でも覚えている。動かずに立っていると、靴(くつ)の下で足が痛む。隣の男がぼくの鼻を見ては赤い赤いと言った。やがて行列が来た。なんでも長いものだった。寒い目の前を静かな馬車や俥(くるま)が何台となく通る。そのうちに今話した小さな娘がいた。今、その時の模様を思い出そうとしても、ぼうとしてとても明瞭に浮かんで来ない。ただこの女だけは覚えている。それも年をたつにしたがってだんだん薄らいで来た、今では思い出すこともめったにない。きょう夢を見るまえまでは、まるで忘れていた、けれどもその当時は頭の中へ焼きつけられたように熱い印象を持っていた。――妙なものだ」
 「それからその女にはまるで会わないんですか」
 「まるで会わない」
 「じゃ、どこのだれだかまったくわからないんですか」
 「むろんわからない」
 「尋ねてみなかったですか」
 「いいや」
 「先生はそれで……」と言ったが急につかえた。
 「それで?」
 「それで結婚をなさらないんですか」
 先生は笑いだした。
 「それほど浪漫的(ロマンチック)な人間じゃない。ぼくは君よりもはるかに散文的にできている」
 「しかし、もしその女が来たらおもらいになったでしょう」
 「そうさね」と一度考えたうえで、「もらったろうね」と言った。三四郎は気の毒なような顔をしている。すると先生がまた話し出した。
 「そのために独身を余儀なくされたというと、ぼくがその女のために不具にされたと同じ事になる。けれども人間には生まれついて、結婚のできない不具もあるし。そのほかいろいろ結婚のしにくい事情を持っている者がある」
 「そんなに結婚を妨げる事情が世の中にたくさんあるでしょうか」
 先生は煙の間から、じっと三四郎を見ていた。
 「ハムレットは結婚したくなかったんだろう。ハムレットは一人しかいないかもしれないが、あれに似た人はたくさんいる」
 「たとえばどんな人です」
 「たとえば」と言って、先生は黙った。煙がしきりに出る。「たとえば、ここに一人の男がいる。父は早く死んで、母一人を頼りに育ったとする。その母がまた病気にかかって、いよいよ息を引き取るという、まぎわに、自分が死んだら誰某(だれそれがし)の世話になれという。子供が会ったこともない、知りもしない人を指名する。理由(わけ)を聞くと、母がなんとも答えない。しいて聞くとじつは誰某がお前の本当のおとっさんだとかすかな声で言った。――まあ話だが、そういう母を持った子がいるとする。すると、その子が結婚に信仰を置かなくなるのはむろんだろう」
 「そんな人はめったにないでしょう」
 「めったには無いだろうが、いることはいる」
 「しかし先生のは、そんなのじゃないでしょう」
 先生はハハハハと笑った。
 「君はたしかおっかさんがいたね」
 「ええ」
 「おとっさんは」
 「死にました」
 「ぼくの母は憲法発布の翌年に死んだ」

       一二

 演芸会は比較的寒い時に開かれた。年はようやく押し詰まってくる。人は二十日(はつか)足らずの目のさきに春を控えた。市(いち)に生きるものは、忙しからんとしている。越年(おつねん)の計(はかりごと)は貧者の頭(こうべ)に落ちた。演芸会はこのあいだにあって、すべてののどかなるものと、余裕あるものと、春と暮の差別を知らぬものとを迎えた。
 それが、いくらでもいる。たいていは若い男女(なんにょ)である。一日目(いちじつめ)に与次郎が、三四郎に向かって大成功と叫んだ。三四郎は二日目(ふつかめ)の切符を持っていた。与次郎が広田先生を誘って行けと言う。切符が違うだろうと聞けば、むろん違うと言う。しかし一人でほうっておくと、けっして行く気づかいがないから、君が寄って引っ張り出すのだと理由(わけ)を説明して聞かせた。三四郎は承知した。
 夕刻に行ってみると、先生は明るいランプの下に大きな本を広げていた。
 「おいでになりませんか」と聞くと、先生は少し笑いながら、無言のまま首を横に振った。子供のような所作をする。しかし三四郎には、それが学者らしく思われた。口をきかないところがゆかしく思われたのだろう。三四郎は中腰になって、ぼんやりしていた。先生は断わったのが気の毒になった。
 「君行くなら、いっしょに出よう。ぼくも散歩ながら、そこまで行くから」
 先生は黒い回套(まわし)を着て出た。懐手(ふところで)らしいがわからない。空が低くたれている。星の見えない寒さである。
 「雨になるかもしれない」
 「降ると困るでしょう」
 「出入(ではい)りにね。日本の芝居小屋(しばいごや)は下足(げそく)があるから、天気のいい時ですらたいへんな不便だ。それで小屋の中は、空気が通わなくって、煙草が煙って、頭痛がして、――よく、みんな、あれで我慢ができるものだ」
 「ですけれども、まさか戸外(こがい)でやるわけにもいかないからでしょう」
 「お神楽(かぐら)はいつでも外でやっている。寒い時でも外でやる」
 三四郎は、こりゃ議論にならないと思って、答を見合わせてしまった。
 「ぼくは戸外がいい。暑くも寒くもない、きれいな空の下で、美しい空気を呼吸して、美しい芝居が見たい。透明な空気のような、純粋で簡単な芝居ができそうなものだ」
 「先生の御覧になった夢でも、芝居にしたらそんなものができるでしょう」
 「君ギリシアの芝居を知っているか」
 「よく知りません。たしか戸外でやったんですね」
 「戸外。まっ昼間。さぞいい心持ちだったろうと思う。席は天然の石だ。堂々としている。与次郎のようなものは、そういう所へ連れて行って、少し見せてやるといい」
 また与次郎の悪口(わるくち)が出た。その与次郎は今ごろ窮屈な会場のなかで、一生懸命に、奔走しかつ斡旋(あっせん)して大得意なのだからおもしろい。もし先生を連れて行かなかろうものなら、先生はたして来ない。たまにはこういう所へ来て見るのが、先生のためにはどのくらいいいかわからないのだのに、いくらぼくが言っても聞かない。困ったものだなあ。と嘆息するにきまっているからなおおもしろい。
 先生はそれからギリシアの劇場の構造を詳しく話してくれた。三四郎はこの時先生から、Theatron(テアトロン), Orchestra(オルケストラ), Skene(スケーネ), Proskenion(プロスケニオン)[#「プロスケニオン」は底本では「ブロスケニオン」と誤記][#「Orchestra」「Skene」「Proskenion」の「e」はすべてサーカムフレックスアクセント(^)付き]などという字の講釈を聞いた。なんとかいうドイツ人の説によるとアテンの劇場は一万七千人をいれる席があったということも聞いた。それは小さいほうである。もっとも大きいのは、五万人をいれたということも聞いた。入場券は象牙(ぞうげ)と鉛と二通りあって、いずれも賞牌(メダル)みたような恰好(かっこう)で、表に模様が打ち出してあったり、彫刻が施してあるということも聞いた。先生はその入場券の価まで知っていた。一日だけの小芝居は十二銭で、三日続きの大芝居は三十五銭だと言った。三四郎がへえ、へえと感心しているうちに、演芸会場の前へ出た。
 さかんに電燈がついている。入場者は続々寄って来る。与次郎の言ったよりも以上の景気である。
 「どうです、せっかくだからおはいりになりませんか」
 「いやはいらない」
 先生はまた暗い方へ向いて行った。
 三四郎は、しばらく先生の後影を見送っていたが、あとから、車で乗りつける人が、下足札を受け取る手間も惜しそうに、急いではいって行くのを見て、自分も足早に入場した。前へ押されたと同じことである。
 入口に四、五人用のない人が立っている。そのうちの袴(はかま)を着けた男が入場券を受け取った。その男の肩の上から場内をのぞいて見ると、中は急に広くなっている。かつはなはだ明るい。三四郎は眉(まゆ)に手を加えないばかりにして、導かれた席に着いた。狭い所に割り込みながら、四方を見回すと、人間の持って来た色で目がちらちらする。自分の目を動かすからばかりではない。無数の人間に付着した色が、広い空間で、たえずめいめいに、かつかってに、動くからである。
 舞台ではもう始まっている。出てくる人物が、みんな冠(かんむり)をかむって、沓(くつ)をはいていた。そこへ長い輿(こし)をかついで来た。それを舞台のまん中でとめた者がある。輿をおろすと、中からまた一人あらわれた。その男が刀を抜いて、輿を突き返したのと斬り合いを始めた。――三四郎にはなんのことかまるでわからない。もっとも与次郎から梗概(こうがい)を聞いたことはある。けれどもいいかげんに聞いていた。見ればわかるだろうと考えて、うんなるほどと言っていた。ところが見れば毫(ごう)もその意を得ない。三四郎の記憶にはただ入鹿(いるか)の大臣(おとど)という名前が残っている。三四郎はどれが入鹿だろうかと考えた。それはとうてい見込みがつかない。そこで舞台全体を入鹿のつもりでながめていた。すると冠でも、沓でも、筒袖(つつそで)の衣服(きもの)でも、使う言葉でも、なんとなく入鹿臭くなってきた。実をいうと三四郎には確然たる入鹿の観念がない。日本歴史を習ったのが、あまりに遠い過去であるから、古い入鹿の事もつい忘れてしまった。推古天皇(すいこてんのう)の時のようでもある。欽明天皇(きんめいてんのう)の御代(みよ)でもさしつかえない気がする。応神天皇(おうじんてんのう)や聖武天皇(しょうむてんのう)ではけっしてないと思う。三四郎はただ入鹿じみた心持ちを持っているだけである。芝居を見るにはそれでたくさんだと考えて、唐(から)めいた装束(しょうぞく)や背景をながめていた。しかし筋はちっともわからなかった。そのうち幕になった。
 幕になる少しまえに、隣の男が、そのまた隣の男に、登場人物の声が、六畳敷で、親子差向かいの談話のようだ。まるで訓練がないと非難していた。そっち隣の男は登場人物の腰が据わらない。ことごとくひょろひょろしていると訴えていた。二人は登場人物の本名(ほんみょう)をみんな暗(そら)んじている。三四郎は耳を傾けて二人の談話を聞いていた。二人ともりっぱな服装(なり)をしている。おおかた有名な人だろうと思った。けれどももし与次郎にこの談話を聞かせたらさだめし反対するだろうと思った。その時うしろの方でうまいうまいなかなかうまいと大きな声を出した者がある。隣の男は二人ともうしろを振り返った。それぎり話をやめてしまった。そこで幕がおりた。
 あすこ、ここに席を立つ者がある。花道(はなみち)から出口へかけて、人の影がすこぶる忙しい。三四郎は中腰になって、四方をぐるりと見回した。来ているはずの人はどこにも見えない。本当をいうと演芸中にもできるだけは気をつけていた。それで知れないから、幕になったらばと内々心あてにしていたのである。三四郎は少し失望した。やむをえず目を正面に帰した。
 隣の連中(れんじゅう)はよほど世間が広い男たちとみえて、左右を顧みて、あすこにはだれがいる。ここにはだれがいるとしきりに知名の人の名を口にする。なかには離れながら、互いに挨拶(あいさつ)をしたのも、一、二人ある。三四郎はおかげでこれら知名な人の細君を少し覚えた。そのなかには新婚したばかりの者もあった。これは隣の一人にも珍しかったとみえて、その男はわざわざ眼鏡(めがね)をふき直して、なるほどなるほどと言って見ていた。
 すると、幕のおりた舞台の前を、向こうの端(はじ)からこっちへ向けて、小走りに与次郎がかけて来た。三分の二ほどの所で留まった。少し及び腰になって、土間の中をのぞき込みながら、何か話している。三四郎はそれを見当にねらいをつけた。――舞台の端に立った与次郎から一直線に、二、三間隔てて美禰子の横顔が見えた。
 そのそばにいる男は背中を三四郎に向けている。三四郎は心のうちに、この男が何かの拍子に、どうかしてこっちを向いてくれればいいと念じていた。うまいぐあいにその男は立った。すわりくたびれたとみえて、枡(ます)の仕切りに腰をかけて、場内を見回しはじめた。その時三四郎は明らかに野々宮さんの広い額と大きな目を認めることができた。野々宮さんが立つとともに、美禰子のうしろにいたよし子の姿も見えた。三四郎はこの三人のほかに、まだ連(つれ)がいるかいないかを確かめようとした。けれども遠くから見ると、ただ人がぎっしり詰まっているだけで、連といえば土間全体が連とみえるまでだからしかたがない。美禰子と与次郎のあいだには、時々談話が交換されつつあるらしい。野々宮さんもおりおり口を出すと思われる。
 すると突然原口さんが幕の間から出て来た。与次郎と並んでしきりに土間の中をのぞきこむ。口はむろん動かしているのだろう。野々宮さんは合い図のような首を縦に振った。その時原口さんはうしろから、平手(ひらて)で、与次郎の背中をたたいた。与次郎はくるりと引っ繰り返って、幕の裾(すそ)をもぐってどこかへ消えうせた。原口さんは、舞台を降りて、人と人との間を伝わって、野々宮さんのそばまで来た。野々宮さんは、腰を立てて原口さんを通した。原口さんはぽかりと人の中へ飛び込んだ。美禰子とよし子のいるあたりで見えなくなった。
 この連中の一挙一動を演芸以上の興味をもって注意していた三四郎は、この時急に原口流の所作がうらやましくなった。ああいう便利な方法で人のそばへ寄ることができようとは毫も思いつかなかった。自分もひとつまねてみようかしらと思った。しかしまねるという自覚が、すでに実行の勇気をくじいたうえに、もうはいる席は、いくら詰めても、むずかしかろうという遠慮が手伝って、三四郎の尻(しり)は依然として、もとの席を去りえなかった。
 そのうち幕があいて、ハムレットが始まった。三四郎は広田先生のうちで西洋のなんとかいう名優のふんしたハムレットの写真を見たことがある。今三四郎の目の前にあらわれたハムレットは、これとほぼ同様の服装をしている。服装ばかりではない。顔まで似ている。両方とも八の字を寄せている。
 このハムレットは動作がまったく軽快で、心持ちがいい。舞台の上を大いに動いて、また大いに動かせる。能掛(のうがか)りの入鹿とはたいへん趣を異にしている。ことに、ある時、ある場合に、舞台のまん中に立って、手を広げてみたり、空をにらんでみたりするときは、観客の眼中にほかのものはいっさい入り込む余地のないくらい強烈な刺激を与える。
 その代り台詞(せりふ)は日本語である。西洋語を日本語に訳した日本語である。口調には抑揚がある。節奏もある。あるところは能弁すぎると思われるくらい流暢(りゅうちょう)に出る。文章もりっぱである。それでいて、気が乗らない。三四郎はハムレットがもう少し日本人じみたことを言ってくれればいいと思った。おっかさん、それじゃおとっさんにすまないじゃありませんかと言いそうなところで、急にアポロなどを引合いに出して、のん気にやってしまう。それでいて顔つきは親子とも泣きだしそうである。しかし三四郎はこの矛盾をただ朧気(おぼろげ)に感じたのみである。けっしてつまらないと思いきるほどの勇気は出なかった。
 したがって、ハムレットに飽きた時は、美禰子の方を見ていた。美禰子が人の影に隠れて見えなくなる時は、ハムレットを見ていた。
 ハムレットがオフェリヤに向かって、尼寺へ行け尼寺へ行けと言うところへきた時、三四郎はふと広田先生のことを考え出した。広田先生は言った。――ハムレットのようなものに結婚ができるか。――なるほど本で読むとそうらしい。けれども、芝居では結婚してもよさそうである。よく思案してみると、尼寺へ行けとの言い方が悪いのだろう。その証拠には尼寺へ行けと言われたオフェリヤがちっとも気の毒にならない。
 幕がまたおりた。美禰子とよし子が席を立った。三四郎もつづいて立った。廊下まで来てみると、二人は廊下の中ほどで、男と話をしている。男は廊下から出(で)はいりのできる左側の席の戸口に半分からだを出した。男の横顔を見た時、三四郎はあとへ引き返した。席へ返らずに下足を取って表へ出た。
 本来は暗い夜(よ)である。人の力で明るくした所を通り越すと、雨が落ちているように思う。風が枝を鳴らす。三四郎は急いで下宿に帰った。
 夜半(よなか)から降りだした。三四郎は床(とこ)の中で、雨の音を聞きながら、尼寺へ行けという一句を柱にして、その周囲(まわり)にぐるぐる※徊(ていかい)した。広田先生も起きているかもしれない。先生はどんな柱を抱いているだろう。与次郎は偉大なる暗闇の中に正体なく埋まっているに違いない。……
 あくる日は少し熱がする。頭が重いから寝ていた。昼飯は床の上に起き直って食った。また一寝入りすると今度は汗が出た。気がうとくなる。そこへ威勢よく与次郎がはいって来た。ゆうべも見えず、けさも講義に出ないようだからどうしたかと思って尋ねたと言う。三四郎は礼を述べた。
 「なに、ゆうべは行ったんだ。行ったんだ。君が舞台の上に出てきて、美禰子さんと、遠くで話をしていたのも、ちゃんと知っている」
 三四郎は少し酔ったような心持ちである。口をききだすと、つるつると出る。与次郎は手を出して、三四郎の額をおさえた。
 「だいぶ熱がある。薬を飲まなくっちゃいけない。風邪(かぜ)を引いたんだ」
 「演芸場があまり暑すぎて、明るすぎて、そうして外へ出ると、急に寒すぎて、暗すぎるからだ。あれはよくない」
 「いけないたって、しかたがないじゃないか」
 「しかたがないったって、いけない」
 三四郎の言葉はだんだん短くなる、与次郎がいいかげんにあしらっているうちに、すうすう寝てしまった。一時間ほどしてまた目をあけた。与次郎を見て、
 「君、そこにいるのか」と言う。今度は平生の三四郎のようである。気分はどうかと聞くと、頭が重いと答えただけである。
 「風邪だろう」
 「風邪だろう」
 両方で同じ事を言った。しばらくしてから、三四郎が与次郎に聞いた。
 「君、このあいだ美禰子さんの事を知ってるかとぼくに尋ねたね」
 「美禰子さんの事を? どこで?」
 「学校で」
 「学校で? いつ」
 与次郎はまだ思い出せない様子である。三四郎はやむをえずその前後の当時を詳しく説明した。与次郎は、
 「なるほどそんな事があったかもしれない」と言っている。三四郎はずいぶん無責任だと思った。与次郎も少し気の毒になって、考え出そうとした。やがてこう言った。
 「じゃ、なんじゃないか。美禰子さんが嫁に行くという話じゃないか」
 「きまったのか」
 「きまったように聞いたが、よくわからない」
 「野々宮さんの所か」
 「いや、野々宮さんじゃない」
 「じゃ……」と言いかけてやめた。
 「君、知ってるのか」
 「知らない」と言い切った。すると与次郎が少し前へ乗り出してきた。
 「どうもよくわからない。不思議な事があるんだが。もう少したたないと、どうなるんだか見当がつかない」
 三四郎は、その不思議な事を、すぐ話せばいいと思うのに、与次郎は平気なもので、一人でのみこんで、一人で不思議がっている。三四郎はしばらく我慢していたが、とうとう焦(じ)れったくなって、与次郎に、美禰子に関するすべての事実を隠さずに話してくれと請求した。与次郎は笑いだした。そうして慰謝のためかなんだか、とんだところへ話頭を持っていってしまった。
 「ばかだなあ、あんな女を思って。思ったってしかたがないよ。第一、君と同年(おないどし)ぐらいじゃないか。同年ぐらいの男にほれるのは昔の事だ。八百屋(やおや)お七(しち)時代の恋だ」
 三四郎は黙っていた。けれども与次郎の意味はよくわからなかった。
 「なぜというに。二十(はたち)前後の同じ年の男女(なんにょ)を二人並べてみろ。女のほうが万事上手(うわて)だあね。男は馬鹿にされるばかりだ。女だって、自分の軽蔑(けいべつ)する男の所へ嫁へ行く気は出ないやね。もっとも自分が世界でいちばん偉いと思ってる女は例外だ。軽蔑する所へ行かなければ独身で暮らすよりほかに方法はないんだから。よく金持ちの娘や何かにそんなのがあるじゃないか、望んで嫁に来ておきながら、亭主を軽蔑しているのが。美禰子さんはそれよりずっと偉い。その代り、夫として尊敬のできない人の所へははじめから行く気はないんだから、相手になるものはその気でいなくっちゃいけない。そういう点で君だのぼくだのは、あの女の夫になる資格はないんだよ」
 三四郎はとうとう与次郎といっしょにされてしまった。しかし依然として黙っていた。
 「そりゃ君だって、ぼくだって、あの女よりはるかに偉いさ。お互いにこれでも、なあ。けれども、もう五、六年たたなくっちゃ、その偉さ加減がかの女の目に映ってこない。しかして、かの女は五、六年じっとしている気づかいはない。したがって、君があの女と結婚する事は風馬牛(ふうばぎゅう)だ」
 与次郎は風馬牛という熟字を妙なところへ使った。そうして一人で笑っている。
 「なに、もう五、六年もすると、あれより、ずっと上等なのが、あらわれて来るよ。日本(にほん)じゃ今女のほうが余っているんだから。風邪なんか引いて熱を出したってはじまらない。――なに世の中は広いから、心配するがものはない。じつはぼくにもいろいろあるんだが、ぼくのほうであんまりうるさいから、御用で長崎へ出張すると言ってね」
 「なんだ、それは」
 「なんだって、ぼくの関係した女さ」
 三四郎は驚いた。
 「なに、女だって、君なんぞのかつて近寄ったことのない種類の女だよ。それをね、長崎へ黴菌(ばいきん)の試験に出張するから当分だめだって断わっちまった。ところがその女が林檎(りんご)を持って停車場(ステーション)まで送りに行くと言いだしたんで、ぼくは弱ったね」
 三四郎はますます驚いた。驚きながら聞いた。
 「それで、どうした」
 「どうしたか知らない。林檎を持って、停車場に待っていたんだろう」
 「ひどい男だ。よく、そんな悪い事ができるね」
 「悪い事で、かあいそうな事だとは知ってるけれども、しかたがない。はじめから次第次第に、そこまで運命に持っていかれるんだから。じつはとうのさきからぼくが医科の学生になっていたんだからなあ」
 「なんで、そんなよけいな嘘(うそ)をつくんだ」
 「そりゃ、またそれぞれの事情のあることなのさ。それで、女が病気の時に、診断を頼まれて困ったこともある」
 三四郎はおかしくなった。
 「その時は舌を見て、胸をたたいて、いいかげんにごまかしたが、その次に病院へ行って、見てもらいたいがいいかと聞かれたには閉口した」
 三四郎はとうとう笑いだした。与次郎は、
 「そういうこともたくさんあるから、まあ安心するがよかろう」と言った。なんの事だかわからない。しかし愉快になった。
 与次郎はその時はじめて、美禰子に関する不思議を説明した。与次郎の言うところによると、よし子にも結婚の話がある。それから美禰子にもある。それだけならばいいが、よし子の行く所と、美禰子の行く所が、同じ人らしい。だから不思議なのだそうだ。
 三四郎も少しばかにされたような気がした。しかしよし子の結婚だけはたしかである。現に自分がその話をそばで聞いていた。ことによるとその話を美禰子のと取り違えたのかもしれない。けれども美禰子の結婚も、まったく嘘ではないらしい。三四郎ははっきりしたところが知りたくなった。ついでだから、与次郎に教えてくれと頼んだ。与次郎はわけなく承知した。よし子を見舞いに来るようにしてやるから、じかに聞いてみろという。うまい事を考えた。
 「だから、薬を飲んで、待っていなくってはいけない」
 「病気が直っても、寝て待っている」
 二人は笑って別れた。帰りがけに与次郎が、近所の医者に来てもらう手続きをした。
 晩になって、医者が来た。三四郎は自分で医者を迎えた覚えがないんだから、はじめは少し狼狽(ろうばい)した。そのうち脈を取られたのでようやく気がついた。年の若い丁寧な男である。三四郎は代診と鑑定した。五分ののち病症はインフルエンザときまった。今夜頓服(とんぷく)を飲んで、なるべく風にあたらないようにしろという注意である。
 翌日目がさめると、頭がだいぶ軽くなっている。寝ていれば、ほとんど常体に近い。ただ枕を離れると、ふらふらする。下女が来て、だいぶ部屋の中が熱臭いと言った。三四郎は飯も食わずに、仰向けに天井をながめていた。時々うとうと眠くなる。明らかに熱と疲れとにとらわれたありさまである。三四郎は、とらわれたまま、逆らわずに、寝たりさめたりするあいだに、自然に従う一種の快感を得た。病症が軽いからだと思った。
 四時間、五時間とたつうちに、そろそろ退屈を感じだした。しきりに寝返りを打つ。外はいい天気である。障子にあたる日が、次第に影を移してゆく。雀(すずめ)が鳴く。三四郎はきょうも与次郎が遊びに来てくれればいいと思った。
 ところへ下女が障子をあけて、女のお客様だと言う。よし子が、そう早く来ようとは待ち設けなかった。与次郎だけに敏捷(びんしょう)な働きをした。寝たまま、あけ放しの入口に目をつけていると、やがて高い姿が敷居の上へ現われた。きょうは紫の袴(はかま)をはいている。足は両方とも廊下にある。ちょっとはいるのを躊躇(ちゅうちょ)した様子が見える。三四郎は肩を床から上げて、「いらっしゃい」と言った。
 よし子は障子をたてて、枕元(まくらもと)へすわった。六畳の座敷が、取り乱してあるうえに、けさは掃除(そうじ)をしないから、なお狭苦しい。女は、三四郎に、
 「寝ていらっしゃい」と言った。三四郎はまた頭を枕へつけた。自分だけは穏やかである。
 「臭くはないですか」と聞いた。
 「ええ、少し」と言ったが、べつだん臭い顔もしなかった。「熱がおありなの。なんなんでしょう、御病気は。お医者はいらしって」
 「医者はゆうべ来ました。インフルエンザだそうです」
 「けさ早く佐々木さんがおいでになって、小川が病気だから見舞いに行ってやってください。何病だかわからないが、なんでも軽くはないようだっておっしゃるものだから、私も美禰子さんもびっくりしたの」
 与次郎がまた少しほらを吹いた。悪く言えば、よし子を釣り出したようなものである。三四郎は人がいいから、気の毒でならない。「どうもありがとう」と言って寝ている。よし子は風呂敷包(ふろしきづつ)みの中から、蜜柑(みかん)の籠(かご)を出した。
 「美禰子さんの御注意があったから買ってきました」と正直な事を言う。どっちのお見舞(みやげ)だかわからない。三四郎はよし子に対して礼を述べておいた。
 「美禰子さんもあがるはずですが、このごろ少し忙しいものですから――どうぞよろしくって……」
 「何か特別に忙しいことができたのですか」
 「ええ。できたの」と言った。大きな黒い目が、枕についた三四郎の顔の上に落ちている。三四郎は下から、よし子の青白い額を見上げた。はじめてこの女に病院で会った昔を思い出した。今でもものうげに見える。同時に快活である。頼りになるべきすべての慰謝を三四郎の枕の上にもたらしてきた。
 「蜜柑をむいてあげましょうか」
 女は青い葉の間から、果物(くだもの)を取り出した。渇(かわ)いた人は、香(か)にほとばしる甘い露を、したたかに飲んだ。
 「おいしいでしょう。美禰子さんのお見舞(みやげ)よ」
 「もうたくさん」
 女は袂(たもと)から白いハンケチを出して手をふいた。
 「野々宮さん、あなたの御縁談はどうなりました」
 「あれぎりです」
 「美禰子さんにも縁談の口があるそうじゃありませんか」
 「ええ、もうまとまりました」
 「だれですか、さきは」
 「私をもらうと言ったかたなの。ほほほおかしいでしょう。美禰子さんのお兄(あに)いさんのお友だちよ。私近いうちにまた兄といっしょに家を持ちますの。美禰子さんが行ってしまうと、もうご厄介(やっかい)になってるわけにゆかないから」
 「あなたはお嫁には行かないんですか」
 「行きたい所がありさえすれば行きますわ」
 女はこう言い捨てて心持ちよく笑った。まだ行きたい所がないにきまっている。
 三四郎はその日から四日(よっか)ほど床を離れなかった。五日目(いつかめ)にこわごわながら湯にはいって、鏡を見た。亡者(もうじゃ)の相がある。思い切って床屋へ行った。そのあくる日は日曜である。
 朝飯後、シャツを重ねて、外套(がいとう)を着て、寒くないようにして美禰子の家へ行った。玄関によし子が立って、今沓脱(くつぬぎ)へ降りようとしている。今兄の所へ行くところだと言う。美禰子はいない。三四郎はいっしょに表へ出た。
 「もうすっかりいいんですか」
 「ありがとう。もう直りました。――里見さんはどこへ行ったんですか」
 「にいさん?」
 「いいえ、美禰子さんです」
 「美禰子さんは会堂(チャーチ)」
 美禰子の会堂へ行くことは、はじめて聞いた。どこの会堂か教えてもらって、三四郎はよし子に別れた。横町を三つほど曲がると、すぐ前へ出た。三四郎はまったく耶蘇教(やそきょう)に縁のない男である。会堂の中はのぞいて見たこともない。前へ立って、建物をながめた。説教の掲示を読んだ。鉄柵(てっさく)の所を行ったり来たりした。ある時は寄りかかってみた。三四郎はともかくもして、美禰子の出てくるのを待つつもりである。
 やがて唱歌の声が聞こえた。賛美歌(さんびか)というものだろうと考えた。締め切った高い窓のうちのでき事である。音量から察するとよほどの人数らしい。美禰子の声もそのうちにある。三四郎は耳を傾けた。歌はやんだ。風が吹く。三四郎は外套の襟(えり)を立てた。空に美禰子の好きな雲が出た。
 かつて美禰子といっしょに秋の空を見たこともあった。所は広田先生の二階であった。田端(たばた)の小川の縁(ふち)にすわったこともあった。その時も一人ではなかった。迷羊(ストレイ・シープ)。迷羊(ストレイ・シープ)。雲が羊の形をしている。
 忽然(こつぜん)として会堂の戸が開いた。中から人が出る。人は天国から浮世(うきよ)へ帰る。美禰子は終りから四番目であった。縞(しま)の吾妻(あずま)コートを着て、うつ向いて、上り口の階段を降りて来た。寒いとみえて、肩をすぼめて、両手を前で重ねて、できるだけ外界との交渉を少なくしている。美禰子はこのすべてにあがらざる態度を門ぎわまで持続した。その時、往来の忙しさに、はじめて気がついたように顔を上げた。三四郎の脱いだ帽子の影が、女の目に映った。二人は説教の掲示のある所で、互いに近寄った。
 「どうなすって」
 「今お宅までちょっと出たところです」
 「そう、じゃいらっしゃい」
 女はなかば歩をめぐらしかけた。相変らず低い下駄(げた)をはいている。男はわざと会堂の垣(かき)に身を寄せた。
 「ここでお目にかかればそれでよい。さっきから、あなたの出て来るのを待っていた」
 「おはいりになればよいのに。寒かったでしょう」
 「寒かった」
 「お風邪はもうよいの。大事になさらないと、ぶり返しますよ。まだ顔色がよくないようね」
 男は返事をしずに、外套の隠袋(かくし)から半紙に包んだものを出した。
 「拝借した金です。ながながありがとう。返そう返そうと思って、ついおそくなった」
 美禰子はちょっと三四郎の顔を見たが、そのまま逆らわずに、紙包みを受け取った。しかし手に持ったなり、しまわずにながめている。三四郎もそれをながめている。言葉が少しのあいだ切れた。やがて、美禰子が言った。
 「あなた、御不自由じゃなくって」
 「いいえ、このあいだからそのつもりで国から取り寄せておいたのだから、どうか取ってください」
 「そう。じゃいただいておきましょう」
 女は紙包みを懐へ入れた。その手を吾妻コートから出した時、白いハンケチを持っていた。鼻のところへあてて、三四郎を見ている。ハンケチをかぐ様子でもある。やがて、その手を不意に延ばした。ハンケチが三四郎の顔の前へ来た。鋭い香(かおり)がぷんとする。
 「ヘリオトロープ」と女が静かに言った。三四郎は思わず顔をあとへ引いた。ヘリオトロープの罎(びん)。四丁目の夕暮。迷羊(ストレイ・シープ)。迷羊(ストレイ・シープ)。空には高い日が明らかにかかる。
 「結婚なさるそうですね」
 美禰子は白いハンケチを袂(たもと)へ落とした。
 「御存じなの」と言いながら、二重瞼(ふたえまぶた)を細目にして、男の顔を見た。三四郎を遠くに置いて、かえって遠くにいるのを気づかいすぎた目つきである。そのくせ眉(まゆ)だけははっきりおちついている。三四郎の舌が上顎(うわあご)へひっついてしまった。
 女はややしばらく三四郎をながめたのち、聞きかねるほどのため息をかすかにもらした。やがて細い手を濃い眉の上に加えて言った。
 「我はわが愆(とが)を知る。わが罪は常にわが前にあり」
 聞き取れないくらいな声であった。それを三四郎は明らかに聞き取った。三四郎と美禰子はかようにして別れた。下宿へ帰ったら母からの電報が来ていた。あけて見ると、いつ立つとある。

       一三

 原口さんの絵はでき上がった。丹青会はこれを一室の正面にかけた。そうしてその前に長い腰掛けを置いた。休むためでもある。絵を見るためでもある。休みかつ味わうためでもある。丹青会はこうして、この大作に※徊(ていかい)する多くの観覧者に便利を与えた。特別の待遇である。絵が特別のできだからという。あるいは人の目をひく題だからともいう。少数のものは、あの女を描いたからだといった。会員の一、二はまったく大きいからだと弁解した。大きいには違いない。幅五寸に余る金の縁をつけて見ると、見違えるように大きくなった。
 原口さんは開会の前日検分のためちょっと来た。腰掛けに腰をおろして、久しいあいだパイプをくわえてながめていた。やがて、ぬっと立って、場内を一巡丁寧に回った。それからまたもとの腰掛けへ帰って、第二のパイプをゆっくり吹かした。
 「森の女」の前には開会の当日から人がいっぱいたかった。せっかくの腰掛けは無用の長物となった。ただ疲れた者が、絵を見ないために休んでいた。それでも休みながら「森の女」の評をしていた者がある。
 美禰子は夫に連られて二日目に来た。原口さんが案内をした。「森の女」の前へ出た時、原口さんは「どうです」と二人(ふたり)を見た。夫は「結構です」と言って、眼鏡(めがね)の奥からじっと眸(ひとみ)を凝らした。
 「この団扇(うちわ)をかざして立った姿勢がいい。さすが専門家は違いますね。よくここに気がついたものだ。光線が顔へあたるぐあいがうまい。陰と日向(ひなた)の段落がかっきりして――顔だけでも非常におもしろい変化がある」
 「いや皆御当人のお好みだから。ぼくの手柄(てがら)じゃない」
 「おかげさまで」と美禰子が礼を述べた。
 「私も、おかげさまで」と今度は原口さんが礼を述べた。
 夫は細君の手柄だと聞いてさもうれしそうである。三人のうちでいちばん鄭重(ていちょう)な礼を述べたのは夫である。
 開会後第一の土曜の昼過ぎにはおおぜいいっしょに来た。――広田先生と野々宮さんと与次郎と三四郎と。四人(よったり)はよそをあと回しにして、第一に「森の女」の部屋(へや)にはいった。与次郎が「あれだ、あれだ」と言う。人がたくさんたかっている。三四郎は入口でちょっと躊躇(ちゅうちょ)した。野々宮さんは超然としてはいった。
 おおぜいのうしろから、のぞきこんだだけで、三四郎は退いた。腰掛けによってみんなを待ち合わしていた。
 「すてきに大きなもの描いたな」と与次郎が言った。
 「佐々木に買ってもらうつもりだそうだ」と広田先生が言った。
 「ぼくより」と言いかけて、見ると、三四郎はむずかしい顔をして腰掛けにもたれている。与次郎は黙ってしまった。
 「色の出し方がなかなか洒落(しゃれ)ていますね。むしろ意気な絵だ」と野々宮さんが評した。
 「少し気がききすぎているくらいだ。これじゃ鼓(つづみ)の音(ね)のようにぽんぽんする絵はかけないと自白するはずだ」と広田先生が評した。
 「なんですぽんぽんする絵というのは」
 「鼓の音のように間が抜けていて、おもしろい絵の事さ」
 二人は笑った。二人は技巧の評ばかりする。与次郎が異を立てた。
 「里見さんを描いちゃ、だれが描いたって、間が抜けてるようには描けませんよ」
 野々宮さんは目録へ記号(しるし)をつけるために、隠袋(かくし)へ手を入れて鉛筆を捜した。鉛筆がなくって、一枚の活版刷りのはがきが出てきた。見ると、美禰子の結婚披露(ひろう)の招待状であった。披露はとうに済んだ。野々宮さんは広田先生といっしょにフロックコートで出席した。三四郎は帰京の当日この招待状を下宿の机の上に見た。時期はすでに過ぎていた。
 野々宮さんは、招待状を引き千切って床の上に捨てた。やがて先生とともにほかの絵の評に取りかかる。与次郎だけが三四郎のそばへ来た。
 「どうだ森の女は」
 「森の女という題が悪い」
 「じゃ、なんとすればよいんだ」
 三四郎はなんとも答えなかった。ただ口の中で迷羊(ストレイ・シープ)、迷羊(ストレイ・シープ)と繰り返した。



底本:「三四郎」角川文庫クラシックス、角川書店
   1951(昭和26)年10月20日初版発行
   1997(平成9)年6月10日127刷
※本作品中には、身体的・精神的資質、職業、地域、階層、民族などに関する不適切な表現が見られます。しかし、作品の時代背景と価値、加えて、作者の抱えた限界を読者自身が認識することの意義を考慮し、底本のままとしました。(青空文庫)
入力:古村充
校正:かとうかおり
ファイル作成:かとうかおり
2000年7月1日公開
青空文庫作成ファイル:
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【表記について】

本文中の※は、底本では次のような漢字(JIS外字)が使われている。

※徊(ていかい)

第3水準1-84-31